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2010年5月 7日 (金)

孤高を恐れるな 青年へアドバイス

Photo 人は人のそばにいて、安心したい。一人でトイレに行くより、つるんで行った方が安心だ。孤立を恐れるのは、こんなところにも現れている。また、テレビで、連休で出かけるのを放映していると、どこかへ行ったほうがいいのか、と内心焦る。

まったく特定に権威もないのが、テレビを通して言われると、一種の権威になってしまい、それに反した自分が爪弾きされている意識をもってしまう。この怖さがある。みんなが同じであることの居心地のよさ、「寄らば大樹の陰」の安心に身を委ねたくなる。人間って、バカだね。

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しかし、これが進むと、高校生くらいになると、携帯のリストに友人と称する名前がズラズラと登録されている。もう友達の友達の友達の友達・・・となれば、意味ないのに、それが安心?

学校教育のなかで、自分の考えを披瀝討論する場がないから、自分の考えに自信をもっていない。違った意見を出すことで、仲間はずれにされる心配する傾向がある。

特に都会の子の方が、その傾向を感じる。つまり、世間の流行や大勢、どれが流行か、トレンドに乗るのは上手だが、それを検証したり、自分なりの批判をつけることはしない。

東京の中小企業の職場で、社長の親戚の大学生が、出入りしていた。図体の大きい男子だったが、彼が特殊なのか、違和感を感じた。ラジオ、テレビの情報には詳しいが、自分の意見がなく、本を読んで中から吸収したフシがない。世間の流行はやたら詳しく、友達とつるんで遊ぶことが多そうだった。東京育ちというのは、こういいう子が多いのか、とふと気づいた。

私はまだ田舎から出て数年しか経っていないから、まだ田舎暮らしからの影響が濃厚に残っていたので、都会の青年にカルチャーショックを受けた。彼らの頭の中にあるものは、世間の流れ、流行に、流されるまま知識になることが多いのだと思った。

弊衣破帽の旧姓高校のバンカラは、エリート意識の表現だと思うが、全員が高校へ行き、大学全入の観のあるゲンダイでは、みんながみんな昔の旧制エイリートにはなれない。「孤高」で表わされることは、「自立した個」をもつこと。それを目指さないと、精神面から「日本沈没」は現実になるのかな、と感じる。

「連休」だからって、どこか行かなければ「取り残された気持ち」になってしまう。これも、追い立てられたニワトリみたいにあつかわれている、と気づけば「うるさい!」と一喝できる。あそこへ行き。ここへ行くと、世界中を回っていないと、取り残されてしまった気分、バカじゃないか?図書館の本を全部読めるはずがないのと同じだ。

考えてみ!一日1冊本を読んだとしても、一年で365冊だ。それを100年続けても、3万6500冊だ。100年生きるとか、0歳から本など読めっこない。だから、めぐりあった場所を見て、めぐりあった本を読む。選択と集中しかありえない。

焦らず、穏やかな気持ち=平常心をもって日常を送ると、大きな成果を得られる。この心境を悟り、と思うに至った。

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