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2010年5月18日 (火)

元都知事鈴木俊一死す99歳

Suzuki 鈴木俊一知事は、美濃部亮吉都知事の赤字財政を見事黒字に直し、財政再建のプロと言われて、玄人受けする知事だった。

前都知事美濃部さんは、人気ある人だった。選挙カーで白い手袋をはめて手を振ると、見ている人は魂を抜かれるというか、引き付けられる魅力があった。多分、その頃の言葉だろうか、カリスマ的な魅力で、舌ッ足らずの声で統計学者としてしゃべると、信憑性があった。最初、警視総監秦さんが対抗馬だったが、てんで問題にならなかった。次だったか、今知事やっている石原慎太郎が立候補したが、彼の唯一の落選だった。

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初めて共産党と社会党を与党にした都知事になったのは、美濃部さんだけだった。父美濃部達吉は「天皇機関説」という言葉を使って戦前の軍部に相当こっぴどく攻撃されたが、その血筋か、マルクス経済学の大内先生の師弟関係で、お上品でありながら、マルキスト・・・という、バランスの悪い人格だと思ったが、魅力のある人だった。

しかし、バラマキで人気を繋ぎとめるような政策で、赤字財政を追及されて、選挙に出られなくなった。そんな流れだったようだ。その後は、参議院議員になったが、特にコレをやるという議員として活躍はなかった。奥さんがいなくて、秘書をやっていた人が、そのまま奥さん代行になっていた。

大赤字の都政を鈴木俊一を副知事から都知事に立候補した。官房副長官から副知事になっていた。副知事退任後、大阪万博の事務総長をやっていた。地方自治のベテランといわれていた。

赤字都政の建て直し、大島噴火で1万人の避難生活の指揮、その後は新都庁の建設と、次々のそつなくこなす手腕は、賞賛される。ただ、これはバブル経済に涌いていた時期と一致して運がよかったと言う点もあるだろう。

財政のベテランというニックネームがついて、あと政治勢力をうまく味方につけている点、華はないがベテランらしさがある。歳の割りに体も柔らかく、最後の選挙では80歳なのに、屈伸運動をやって見せて、まだまだ働けるとアピールした姿を未だに覚えている。

四選では、多選批判と高齢批判で、自民党の幹事長は今渦中のの一郎幹事長がNHKアナウンサーの磯村某を立てた。都自民党の推薦で押し切って当選した。そういう押しと読みが当った。その鈴木四選で、小沢一郎幹事長の辞任にもつながった。

都知事四選後は、引退して、そうやって暮らしていたか、さっぱり聞こえてこなかった。最後の仕事として都市博覧会をやり都の臨海部開発に弾みをつけてやろうとしたが、バブル終焉と共に任期がガ終わり、青島幸男が都市博覧会中止を掲げ当選してこれは中止になってしまった。

あのあと、青島幸男はもっと何かやるかと思ったら、反対政党が多く、何もできない都知事のような印象を残して、一期で止めてしまった。体調も優れないという面があるにしても、与党勢力がバックにをもたない都知事の哀れさだ。その意味では、鈴木俊一は恵まれた都知事だった。

その鈴木俊一は99歳の天寿をまっとうしてなくなった。理想的な死に方ではないだろうか。その最後はどうんな暮らし方をしたか、知りたいものだ。死に方の参考例になるのではないだろうか。

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