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2010年4月27日 (火)

親に愛されない飢餓感 悩みのるつぼ

700 60代の母が、育ちの過程で傷ついた心を回復しようとするが、それがうまくいかない状況に30代の娘が相談する。その回答者がよくテレビで顔を見る金子勝先生。なかなか的を射た回答をしているので、紹介したい。(朝日新聞3月13日)

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011 親の愛が感じられなくて育つと、感じなくていい欠落感から、自分を不幸のヒロインのように思うコトがトラウマのように襲ってくる。両親の愛を受けて育った人は、鈍感というか、この感情がイマイチわかりにくい。

多くの人は、成人と共に、平常心でその原因についてそれを乗り越える。この場合、母の親(祖母)を優しくすることで、自分の心の平安を得ようとする。祖母の看病は、その表れである。自分の体調の悪さを持ちながら、あえて祖母の所へ行くのは、平安を求める気持ちがかなり強いことがわかる。

012 この母のような気持ちで接しても、相手があることだから、その気持ちが伝わるか、どうかはわからない。相手(祖母)が、こうして親切に接するのは、財産を欲しいからとか邪念をもって返されることがある。相手と同等の目線で接すると、この祖母の態度に傷つき、「(親切にするのは)やーめた!」という態度になってしまう。

これを一枚も二枚も上手に接すると、子供の『ぐずり』か『わがまま』とみなすことも可能になる。この心境になるためには、現実として、小姑のような存在がいたり、からむものがあると、容易ではない。しかし、同等の目線ではなく、高所から見る態度、善意の姿勢が崩れないなら、自分の意思が貫ける。

014 親の愛を受けないで育つと、人を信頼したり、人に優しくしたりする心性を形成するのは困難である。当事者でないとわかりにくいが、人生、プラス、プラスでいけると問題はないが、突如挫折すると、それが克服しにくいとか、相手に過剰に期待したり、攻撃的になったり・・・この辺のことがうまく処理できない。

普通の人は、「なんで?がんばれば?」と思うかもしれないが、それは、心に解決モデルがないから。「親から愛されなかった」方に、あえていうなら、そこは、人に知られないようにしたほうがいい。

「語らざれば、憂いなきに似たり」という言葉、これを贈ろう。五木寛之の言葉だが、ここでこの言葉を受け止めると、含蓄が深い。ぜひ、これを胸に留めておいて、口にしないでほしい。そうすれば、きっとこのお母さんも、あと一息でこの境地に達する。

016 娘さんがこうして投書して回答を求めるほど、お母さんは娘さん始めみんなに愛されているのだから、そこで、環境としては、すでに欠落感は克服されている。これに気づけば、祖母と娘との葛藤は終了している。すでに、葛藤を感じる必要はない。そういうことに、目が覚めればいいのだが、そうはいかないのが、人間のサガ。だからこそ、人間は面白いと思う。

文章の文脈から感じられるのは、円満なご家庭を作り上げ、姉妹兄弟も教養のありそうな家のようだ。祖母の家より、ずっと精神的にも豊かだし、温かい。これだけあれば、祖母から何も得られなくても、ビクともしないし、一方的に看病に献身するだけで、いいじゃないの。それが、一番です。奉仕してあげパナシで、見返りは期待しないことですね。

015_2 投書した娘さんへのアドバイスとして、このように金子先生が書いている。母が祖母へしていることを、娘が母へしてあげれば、母への慰めになると、私は理解して読んだ。

「愛情」「愛」「ラブ」なんていわれても、日本人には「親切」くらいしか、よくわからない。昭和20年代に子供時代をすごした経験からすると、「誕生日」祝ってもらった記憶もないし、人にプレゼントする習慣もない。これがまずい。

過去は過去、「語らざれば、憂いなきに似たりで、対処するしかない。この言葉、人生の深淵を見せてくれる。このお母さんにも、この言葉を贈りたい。

Kanekomasaru金子 勝(かねこ まさる、1952年6月25日 - ):経済学者。慶應義塾大学経済学部教授。専門は、制度経済学、財政学、地方財政論。
 1975年、東京大学経済学部卒業後、東京大学大学院経済学研究科で学ぶ。1980年に東京大学社会科学研究所助手、茨城大学人文学部講師、法政大学経済学部助教授・教授を経て、2000年から現職。
東京大学在学中は、当時日本共産党、
日本民主青年同盟系の教養学部学生自治会の委員長として学生運動の経験を持つ。
慶應義塾大学の課外活動では2003年より慶應義塾大学モーニング娘。研究会の顧問を務めている。
 テレビ番組への出演が多く、TBS『サンデーモーニング』や、テレビ朝日『朝まで生テレビ!』などに頻繁に登場している。CSの朝日ニュースター『ニュースにだまされるな!』では司会を務める。
Wikipedia引用

参考 妊娠中絶女高生へ母(55) 悩みのるつぼ

人間の幅を広げる人生訓  たちどまれ日本 天野祐吉  一休宗純 宗派の垣根を越えた行動 土光敏夫さん めざしの朝食  阿川佐和子 珍香も焚かず 屁  緒形拳が貴乃花へ贈った「不惜身命」  銀行よ、驕る平家はひさしからず2  沈まぬ太陽 登場人物一覧   浅田次郎シューシャイン・ボーイの生き方  語らざれば、憂いなきに似たり 五木寛之

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コメント

学生時代から私が父に定期的に貰う新聞の切り抜きに※こんな顔で(山田寺の仏頭によせて※私はこの記事が直ぐに思い浮かびました。

宮沢賢治の詞にある「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」というのは、こんな顔の人をいうのだろうか。
この顔はかなしみに堪えた顔である。
くるしみに堪えた顔である。
人の世の様々な批判にじっと堪えた顔である。そして ひとことも弁解をしない顔である。
なんにも言いわけをしない顔である。
そしてまた どんなに苦しくても どんなに辛くても 決して弱音を吐かない顔である。
絶対にぐちを言わない顔である。
そのかわり やらねばならぬ事はただ黙ってやってゆく、という固い意思の顔である。
一番大事なものに一番大事ないのちをかけてゆく そういう毅然とした顔である。

この眼の深さを見るがいい。
深い眼の底にある さらに深い憂いを見るがいい。
この深い憂いはできない。

息子よ、こんな顔で生きて欲しい。
娘よ、こんな顔の若者とめぐり逢って欲しい…。

投稿: 齋藤邦恭 | 2011年8月 7日 (日) 23時03分

私も、同じようなと言うより、もっとひどい仕打ちを母親から受けました。
二女で生まれて、殴る蹴るまで受けて・・・、愛情がある人には愛情は伝わりますが、追いかけても愛情がない人には伝わりません。母親は私に愛情がないのだから無駄なんです。

投稿のお母さんと同じような事を散々、私も母親に言われてきました。学校も私だけ自力で行きました。母は嘘をついて、学校すら行かせてくれませんでした。
 要は、私は捨てたい子供だったから、母は顔も見たくないわけです。もちろん触られたくもないのですよ。追いかけても無駄です。正しく行動して、認めて貰らいたいと思うのは自分の問題。「愛されない」のは、決して自分のせいではないのです。
 私の親だけど、他人よりひどい相手なのです。今となっては、そんな親にかまわれたいと思わないことが大切です。
 悲しいことですが、親に愛情がないことをちゃんと受容することです。そして、眼の前の自分の娘さんとの愛情を大切にすることです。
 いつか母が、「ごめんね」とか「ありがとう」とか言ってくれるのじゃないかと期待しても、そんな親は、そんなことはしません。ちなみに、私は子供たちを愛することで乗り越えました。
 愛情と言うものを手に入れるのに他の人より、沢山苦労したと思います。おかあさんが正しくあろうとするのは、ただ認めて貰いたい、愛されたいと思う行動に過ぎず、その為、自分自身を失っているのではないでしょうか?
 子供に愛情のなかったお年寄り(親)が子供の事を死ぬまで気にすることはありません。都合の悪い時には「親をほったらかして」と言うことはありますが。どんなに困っても、子供の名前を呼んだり、謝るなんてないですよ。見たことはありません。だから、早く、自分らしい時間や人生を楽しむことをお勧めします。
 こちらから、「もう、二度と会いたくない」くらいの言葉にできればいいですが、いじめでは、やはりいじめる側が悪い。私は40を過ぎて、「あれは親の弱体だったんだ」と思うようになりました。

ママロマン様
 内容の濃い投稿、コメントをありがとう。文章は、趣旨に沿って整理しました。ご諒解ください。

投稿: ママロン | 2012年2月 2日 (木) 11時56分

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