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2010年4月23日 (金)

一休宗純 宗派の垣根を越えた行動

1514 一休は良寛、一茶と似ているような気がしてね、勘違いしてしまう。世間を気にしない流浪している点とか、坊さんだったことか、似ている。

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「トンチの一休さん」のモデルとなった一休宗純は、父は北朝の後小松天皇。母は藤原一族、日野中納言の娘・伊予の局(つぼね)。母は南朝方と通じていると誹謗され、宮廷を追われ、南北統一から2年目の応永元年(1394)元旦に、嵯峨の民家で一休を産んだ。
1399年、一休5歳は、臨済宗安国寺に入れ長老像外集鑑しょうげしゅうかんの弟子として12才まで寺へ預けられた。
応永17年(1410年)、17歳で謙翁宗為けんおうそういの弟子となり、戒名を宗純と改める。謙翁は応永21年(1414年)に没した。この時、一休は師の遷化によるものかは断定できないが、自殺未遂を起こしている
応永22年(1415年)22歳、京都の大徳寺の高僧、華叟宗曇(かそう そうどん)の弟子となる。
「洞山三頓の棒」という公案に対し、「有ろじより 無ろじへ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」と答えたことから、華叟より一休の道号を授かる。なお「有ろじ(有漏路)」とは迷い(煩悩)の世界、「無ろじ(無漏路)」とは悟り(仏)の世界を指す。
応永27年(1420年)一休27歳、ある夜、カラスの鳴き声を聞いて、俄かに大悟する。華叟は「印可状」を与えようとするが、一休は辞退した。華叟はばか者と笑いながら送り出したという。以後は詩・狂歌・書画と風狂の生活を送った。
風狂の破戒僧、一休さん 
ウィキペディア NHK歴史秘話ヒストリア参照

一休は、自由奔放で、奇行が多かった。
例えば、「印可の証明書」や「由来ある文書」を火中に投じた。男色、仏教の戒律で禁じられていた飲酒・肉食、女犯を行い、朱鞘の木刀を差すなど、風変わりな格好をして街を歩きまわった。正月に、杖の頭にドクロをしつらえ、「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いた。晩年10年間、盲目の美女森侍者
しんじしゃと同棲した。人間とは、こういうものと見せ付けるような行動をした。

 

こうした一見奇抜な言動は、中国臨済宗の高僧普化など、唐代の禅者と通じるものがあり、教義の面では禅宗の風狂の精神の表れとされる。同時に、こうした行動を通して、仏教の権威や形骸化を批判・風刺し、仏教の風化に警鐘を鳴らした。と考えられる。

 

1461年(67才)、浄土真宗の中興の祖、蓮如が営む親鸞200回忌に参列。
 一休は19歳年下の蓮如と、宗派の違いや年の差を超えて深く親交を結んでいた。互いの思想に敬意を払い、教えを学び合っており、宗派の垣根を越えて融通無碍であった。

 

一休は、こんな歌を残している。
分け登るふもとの道は多けれど 同じ高嶺の月をこそ見れ
(真理の山に向かう道は違うけれど、我らは同じ月を見ている)
 他宗と見れば排斥しあう風潮の中で、親交のあった本願寺門主蓮如の留守中に居室に上がりこみ、蓮如の持念仏の阿弥陀如来像を枕に昼寝をした。その時に帰宅した蓮如上人は「俺の商売道具に何をする」と言って、ふたりで大笑いしたという。

このような他宗とも尊敬しあい、仏具を「オレの商売道具」といって、笑える見識が普通の仏教者にはできない。

 私の意見ですが、
 例えば、たとえば、キリスト教のクリスチャンと創価学会の信徒と浄土真宗の信者が座禅を組む会をやり、温暖化対策の会議後、由比が浜でゴミを拾う。夜は自殺防止110番の電話番をする。こんな
宗教連合会議ができれば、自殺者の救済とか、生き方教室とか、やることがいっぱいある。政治政党にならないとできない問題ではない。宗派間でいがみ合わないで、人間の救済のため、立ち上がれ。イスラエルとガザ地区のアラブ人に見本を示してもらいたい。それでこそ、日本の宗教人だ。

 

 仲良く一緒になればすべてが解決するわけではないが、ワンステップとして、宗教家の考えなければならない問題を一休は行動で示しているのではないか、と思っている。

 

 宗教とは、一体なにか。宗教リーダーは、他宗との違いばかり強調しないで、人を救うための原点を見つめて、宗教全般を共通語で話してほしいものだ。

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コメント

一休は良寛、一茶と似ているような気がしてね、勘違いしてしまう

投稿: | 2010年6月23日 (水) 23時59分

とっても
勉強になりました。
ありがとうございました!

投稿: (^^) | 2010年7月14日 (水) 00時37分

学校の宿題の参考にさせていただきました。
ありがとうございました。smile

投稿: 赤いリンゴ | 2012年8月26日 (日) 16時00分

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