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2010年4月18日 (日)

江戸東京たてもの園を見学

04 武蔵小金井駅(中央線快速新宿→三鷹より4つ目)からバス停2番3番から、10分あるか、どうかの距離。都立小金井公園内にあるが、この公園が西洋風の新宿御苑の芝生のような、広々とした公園で、江戸東京たてもの園を見つけるまでが、初めてだと苦労する。見つけたあと、建物園の見取り図を把握していないと、どれからみたらいいか、迷う。全部見たりしたら、「足が棒になる」と表現したらいいか、とにかくアレも、コレもと思うとタイヘンだ。700

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Photo 歴史に関心があるかたは、東ゾーンにある高橋是清邸がまずお勧めだ。二階の部屋は、高橋是清が226事件の際、兵士に撃ち殺された部屋である。掛け軸が「不忘無 是清」(無を忘れず)、とある。昭和のはじめのインテリの水準を家にも感じさせる。二階のガラス窓から見える景色が、昭和初期を感じさせる。建物は明治35年の建築。

高橋是清は、政友会総裁犬養毅が組閣した際も、犬養に請われ4度目の蔵相に就任、金輸出再禁止(12月13日)・日銀引き受けによる政府支出(軍事予算)の増額などで、世界恐慌により混乱する日本経済をデフレから世界最速で脱出させた。また、五・一五事件で犬養が暗殺された際に総理大臣を臨時兼任している。続いて親友である斎藤実が組閣した際も留任(5度目)。また昭和9年(1934年)に、共立学校での教え子にあたる岡田啓介首班の内閣にて6度目の大蔵大臣に就任。インフレを抑えるために軍事予算を縮小しようとしたことが軍部の恨みを買い、二・二六事件(1936年2月26日)で赤坂の自宅二階で青年将校達に暗殺された。Wikipedia

0103  昭和に活躍した人は、建物にも味がある。文明は現代にはおよばないが、その当時の最先端だろう。

1363 次が、建築家の前川国男邸が昭和17年品川区上大崎にモダンな設計で建てられた広い窓、高い天井、とすっかり気分が晴れやかになる室内だった。

その後、戦時中は都内を避けて、軽井沢へ解体して別荘の一隅に放置されていたという。それを復元して建てたという。

昭和の初め、向田邦子が住ん_1163 でいたような時代がかった硝子戸を通して見る庭も味がある(高橋是清邸)。建てつけがあまり頑丈でない家に入ると、住んでいた人の気配がそこここに感じられる。階段を上がっていくと木材もきしみ音とともに、時代がよみがえる。蔵の二階に並べられている長持ちの中には、昔の空気が残っている(三井八郎衛門邸)。

全体を全部説明するのは、冗長になるので割愛するが、江戸東京博物館の分園としての立場で、小金井建物園がある。犬山の明治村には鋳物工場とか、繊維工場など、大きな建物があるが、それをのぞけば趣旨としては似ている。

1238124212391230 西ゾーンには、商店や銭湯がある。年配者にはまだ自分の体験の範囲である新しい歴史がある。番傘や醤油店のレジスターなどは、まだ 使えるかのしれない。こういう店は、私が博物館入りの人間か、と思う。

1252コレ→最後に見たが、一体なんという名称だったか、思い出せなくて、一緒にいった友も名前が出なかった。(かいしき 皆敷、掻敷肉を買うと、まずコレに載せて目方を量った。目方を量ったのち、この皆敷を新聞紙に包むのがお店の包装だった。  

東京見聞録です  江戸東京たてもの園を見学  安近短 柴又帝釈天、水元公園 代官山朝倉邸 ヒルサイドテラス   憲政記念館と国会前庭   東京スカイツリー建設途中 224メートル   早春かな、と思う瞬間   鳩山邸で一族発展の秘密を探る   護国寺境内は梅の花盛り

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