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2010年1月21日 (木)

品川駅のビル群は美しいが、哀しい

9542月曜日のこと、思い立ったが吉日、と品川のショーウームへある事務機を見に行った。

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東京駅の山手線内へ飛び込みがあったらしい。それで、山手線外回りが全面ストップ。京浜東北線もストップしてしまった。だれか、行き詰ってしまって自殺したな、と品川駅の二つの手前「新橋ホーム」で立ち往生した。

9539 非道な言い方だが、他人には自殺するヒトへの同情なんて、ほとんどない。明日はわが身だと思わないわけではないが、都会では、他人の死になんとも感じない。感じようとしても、感じられない。都会の冷たさといえば言えるが、無縁の人にいちいち同情する、奇篤なヒトのほうが、風変わりと思われるほど。それが、現実になっている。

人のあり方として、もっと人と人が親身になれるはず、人の苦しみはみんなの苦しみでなければならない。この関係が段々薄らいできている社会をなんとかしなければ、人類は衰退する。今、人類は壁にぶち当たっていると思わないで、どうするのだろうか。

今日も、飛び込みが稲毛であったらしい。ニュースが駅の時刻表の下にテロップが流れていた。不景気になってから、自殺、飛び込み自殺が目立つ。鉄道以外の方法も多いが、鉄道で目立つ死に方で、最後のアピールかも知れない。借金まみれになった人は、返えそうと思っても、仕事がなければ、返せない。ウツになって、ついに「死ぬしかない」と思い込むかも。責任感の強い人ほど、そのスパイラルにはまったら、抜けられない。

9543 品川駅周辺の巨大ビルに取り囲まれて、十年前の古い地図にキャノンショールームの番地が載っていない。近いはずだと思って、タクシーに乗った。駅から歩いていく、ビルからビルへ渡っていけば、ストレートに行けたのだと、タクシーの運転手は、ビルの足元に下ろして去って行った。

ビルの中はガラス張りのビル、そこをエレベーターで二階、三階へと昇る。駅からビルの廊下を歩いていけば、近かったのだが、タクシーは着いた。

_9541 ショールームは静かな博物館だ。売るためだろうが、それほどあくせくしていない。30分間から1時間はじっくり聞き、その商品の使い方は覚えた。丁寧に教えてくれるから、コレ、案外都心の穴場かもしれない。1メーカーの商品しかないが、使い方、性能を調べるには、絶対便利だ。説明者は、「買え買え」とせっつかないから、気楽だ。

9537 ここの一連のビル群は、旧国鉄の最後のまとまった余剰地だといわれた場所だ。ついに全部、近代的なビルがニョキニョキ建った。みんな、とてつもなく高いビル。美しい造形ではあるが、哀しい。人間がアリンコ状態に見えて仕方がない。ビルの建物は、次から次へと進歩してビルは巨大化しているのに、人間は相変わらず、ソコソコの背丈で、頭脳も進歩したわけではない。ビルだけは、大きく、近代化している。人工物と人間のギャップがますます広がっているのと痛感する。

コレだけギャップが広がってくると、恐竜が栄え滅びた地球上の歴史を思い、空恐ろしい気がしてくる。人工物に人間が制御され、人間の側が自然を征服している気持ち、それが大きくなって、気づいた時には、人間の最後、滅びの時に至っている。そんなイメージがある。敏感な人間をまず最初に気を狂わせるかも。

手塚治の未来漫画で、御茶ノ水博士やアトムを見たときには。輝く未来見えた・高速道路を描いた漫画は、人間の未来は素晴らしく思えた。しかし。これも限度があって、人間のサイズに、人間が付いていける速度、大きさも「人間的」という言葉がここには必要かもしれない。

しかし、この中で働いている人には、そんなコト、慣れのなかで気づいていないだろう。ガラスのセメントとスチールで囲まれ、かろうじて、庭木が植えられているが、ビルの多さから比較すると、申し訳程度だ。

9551_2 人間が住む家屋はこの周辺にはない。大きなトンネルのようなセメントとガラスの職場から、駅に向かう道も、作り物の中に行き交う平成人たち、これでは気詰まりしそうだ。こんな自然と対極の場所で人生の数十年を費やしてしまって、いいのだろうか。気狂う人が出ても、当たり前だろう。

00004 人間が自分で、人工物の中へ追い込んで、効率的だと思い込んでいる図は、鶏卵をいかに能率的にたくさん生ませる白色レグホンのニワトリ小屋と完全に同じだと思う。

00005朝、山手線に乗ったら、車両のイスは午前10時までは、使えない。みんなだまって、つり革につかまり、ハネ上げたイスに通勤客は黙して語らず、立っていた。人々は等間隔に立って黙って一様にあらぬ方向を見ているか、ゲームをしている。人間以外の力が、人間を仕切っている。チャプリンが見たら、もう完全に再び映画「モダンタイムス」ができると、思うにちがいない。

品川駅周辺のビルだけではないが、ビルの造形は行き着くとこまで行ったのか、とても巨大で美しいし、機能的である。そのせいか、人間がますます矮小に見えてしかたがない。そして、近くには、民家という民家が、どこにも見当たらない。

この傾向は日本だけではないが。その国らしい特徴は都会ではない。ドイツを見たければ、田舎へ行け。といわれるが、人間、個人の力が、都会では発揮できない。そんな印象が強い。

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