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2009年12月16日 (水)

中津川市 記憶の案内ボランティアⅡ

1 昭和22年か、昭和23年にO家の隣りに、加子母から中津の町へ買出し2に来ていたNさんが引っ越してきた。

中津へ住み着いてからも、おじさんは通称ヤミ籠を背負って、電車で加子母へ行商に行っていた。当時、ちょうど湯川秀樹がノーベル賞を受けたころで、内木のおじさん、風貌が湯川秀樹に似ているな、と思ったものだ。

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おばさん、乳飲み子をかかえて、何か、お金になる仕事をと店先で貸本屋を始めていた。古本を持っていくと買取ってくれるので、古本「少年」を4冊持っていったら、少なくとも10円にはなるかと思ったら、4円だといわれて、ガックリしたが、家に置いておいてもじゃまだからその値段で買ってもらった。おばさん、商売はしっかりしていた。

玄関から裏庭まで土間でつながっていたから、子供は通り道に利用して、平気に通り抜け道に利用した。町へ住み着いたばかりで、遠慮もあったから、子供の通行に文句も言えない様子だった。私が土間を通り抜ける時見たら、親子で昼ごはんの最中であったのを見て、アレいけない時に通ってしまった、と思ったものだ。それから、他人の家の中の土間を通り抜けるのは、遠慮した。

大家さんの家は、娘のS子さんが表の部屋でミシンを踏んで、洋裁の仕事をしていた。恵那精麦の工員さんが次から次と、彼女を目当てにやってきていた。その中でTさんと結婚した。私も時々S子サンに呼ばれて、何かと思ったら、小学生くらいの子のサイズあわせの体型に利用された。ありがとう、ってお菓子をもらったのだが。

そのうちにNさんは、Sさんの洋裁していた大家宅を買取り、今まで住んでいた家は貸家にして、家を建てた。加子母から出てから十年くらいで二階建ての家を作って、生鮮食品の店を始めた。建て大工は、近藤家具に後妻に来た人の弟で、初めて大工として建てたのだと聞いている。建前では、餅を投げがあった。道路に人だかりができた。ウチのまん前だから、ウチの家に向かって投げてもらった。二階の屋根を越えて裏庭に届くように投げてもらっていた。

それまでは、本町の八百常で魚と野菜を売る店が一番繁盛していたが、Nさんの食品品店は、二番手で出発して、横町の揚げ物やに挟まれて、健闘していた。揚げ物屋の前はアイスキャンディをやっていた。八百常は、息子は大学で写真科を出て、町の写真屋をやって、魚常、八百常は止めてしまったが、Nさん食料品店は、息子の代になり、三階建てビルになっている。

近藤家具の一隅を借りて住んでいたのが、木材業を営む松村家だった。奥さん同士が年頃が似ていたし、店をやっているのも似ていた。お互いに9時か、10時で店をしまうが、そんな目で向かえの二階が自分の部屋だった兄貴は、受験勉強しながら、見ていた。

木材業の松村家は、昭和26年ころに、竪清水町にちょうど空き地があったところに家を建てた。成瀬で軒を借りて、アンドウ親子がラジオ修理をやっていた。親父さんが大型オートバイに乗って、安藤ラジオ店へ通っていたから、順調に見えた。ところが、脳溢血か、そんな感じで突然親父さんが倒れて亡くなった。そのオートバイを売りに出したら、木材屋の松村家のおじさんが買ったのだろうか、そのオートバイに乗っていた。

夏になると、アイスキャンデーの店がはやった。横町のエハラ美容院の隣りにアイス屋があり、よく買いにいった。向かえの熊崎先生宅では、焼き芋をヒラ釜で焼いて売っていた。丸ごと焼く焼き芋ではなく、5ミリ~8ミリのスライスして厚さで焼いて、子供でも買い安い値段にしていた。先生のお母さんの仕事だった。

昔中津には競馬場があった。昔の中津の町は、先進的だったね。今も西山を競馬場と呼ぶが、そこで競馬の開催をしていた時期がある。昭和のはじめらしいが、そこで、熊崎先生のおばあさんが、いまならポップコーンか、ポッキーだろうが、昭和のはじめ、焼き芋を競馬場内で売っていたという。聞いた話だが。中津の競馬は短期間で、中止になり、競馬を開催する権利を笠松に譲った。

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