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2009年10月20日 (火)

イムジン河 加藤和彦の自殺はなぜ

17日に長野県軽井沢町のホテルで首をつり死亡しているのが見つかった音楽家の加藤和彦さん(享年62)の密葬が19日、都内の斎場で営まれた。

あの素晴らしい愛をもう一度

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「イムジン河」
朴世永原詩・松山猛訳詞・高宗漢作曲
①イムジン河 水清く とうとうと流る
 水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
 我が祖国 南の地 想いははるか
 イムジン河 水清く とうとうと流る

②北の大地から 南の空へ
 飛び行く鳥よ 自由の使者よ
 誰が祖国を 二つに分けてしまったの
 誰が祖国を 分けてしまったの

③イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
 河よ 想いを伝えておくれ
 ふるさとを いつまでも忘れはしない
 イムジン河 水清く とうとうと流る

④イムジン河 春の日に 岸辺に花香り
 雪解け終わり 北と南むすび
 ふるさとの歌声よ 渡る風となれ
 イムジン河 とうとうと 青き海へ帰る
 イムジン河 とうとうと 青き海へ帰る

④は、加藤和彦が追加したと、ばんばひろふみが紹介していた。

加藤和彦とフォーク(前編)    加藤和彦とフォーク(後編) フォーク・クルセダーズの歴史がよくわかる映像に仕上げてある。新生イムジン河

00019 この歌「イムジン河」の作詞に名前が出ている松山猛が、サッカーの対校試合を朝鮮学校へ行ったとき、朝鮮学校の生徒が歌っている歌を聴いて、それを教えてもらったものらしい。それを後年、加藤和彦に歌ってきかせたものを加藤和彦が採譜して、一番しかなかった歌詞を二番、三番とつけて、フォーク・クルセダーズの「帰ってきたよっぱらい」の次の曲にした。ところが、北朝鮮政府からこの歌は北に版権があるようなクレームが出て、発売中止になった。松山猛:映画パッチギのモデル

パッチギのテーマソングにイムジン河が歌われて、いい味出しているのに気づいた。

ちょうど、ベトナム戦争が激しくなり、日本でも反戦運動とフォークブームが一体化していた。「イムジン河」は一切歌詞も歌も出なくなるとわかったので、ラジオを聴きながら、歌詞を書き取っておいた。そのあと、フォーク・クルセダーズは、これからヒントをえた「悲しくてやりきれない」という曲が出たが、「イムジン河」の内容に匹敵するまでには至らなかった。

Photo 「悲しくてやりきれない」という個人心情を歌っても、「イムジン河」の民族の悲哀には、追いつかないものを感じた。イムジン河を眺めて、切り裂かれた南北に引き裂かれた朝鮮民族の悲しみに思いを馳せた歌の代用にはならないと思った。「イムジン河」は、感受性の強い時期に聴いて、これは胸を打った。ところが、急に発売中止になって、ベトトナム戦争のさ中で、見えざる力の介入を痛感した。

「イムジン河」という歌の力が多くの人に打つことを公権力が恐れた、としか思えなかった。あのまま「イムジン河」がヒットしたら、「帰ってきたヨッパライ」より社会への影響力が大きかっただろう。あれが発売されて大ヒットしていたら、時代が、ベトナム戦争とリンクして、大きな社会現象が起こる、そう思われた。発売禁止になり、なんだか、死んだ子の歳を数えているような気分だ。

03 フォーク・クルセダーズ のメンバーは、3人だと思っていたが、現実には、他にもいるんだね。しかし、私には加藤和彦、北山修、はしだのりひこ・・・、しかし、現在はお互いに疎遠になっているようで、密葬には、はしだのりひこは姿を現していない。北山氏だけが「加藤君の音楽に対する厳しい面が自分にむいてしまったのかもしれない…」とあいさつした、と書いてある

フォーク・クルセダーズのきっかけは、加藤和彦が若者雑誌メンズクラブの読者欄へ投稿したからだ。最初、医学部の北山修が乗ってきたという。四、五人の同好会で始まって、3年の就職活動で解散。解散記念アルバムを作った。その中に「帰ってきたヨッパライ」が入っていて、それが大ヒット280万枚売れた。

ちょうど、大学紛争、70年安保が起こり、大学が封鎖される状況になり、全国的に大学が1年間機能不全で、その間に芸能活動、期限付きアマチュア的プロになった。このとき、加藤和彦としては、プロとして使えるものだけチョイスしたら、北山修、はしだのりひこ、自分だけだったので、三人でバンド組んだのだ、な。止めるまでに、三人で一年間に13億円を稼いだ。

「加藤和彦さんを悼む」と北山修が朝日新聞に追悼文を書いている。それによると、
 彼はなんでも一流のプレーヤーで、一生懸命だという。北山修に向って「お前は目の前の物を適当に食べるけれど、僕は世界で一番おいしいケーキがあるなら、全財産をはたいてもどこへだって飛んでいく」と言った。ここに加藤和彦の真骨頂があるのではないか、と思う。

作家でも、作曲家でも、同じで、作品が生み出せないと、部屋の中を転げまわって呻吟すると聞いたことがある。曲想が浮かばないと幻覚を生む麻薬を吸ったり、注射する人もいる。あれは、スポーツ競技ならドーピング検査で止めるべきものだ。資料をみているうちに丸写しをしてしまう誘惑に駆られるだろう。

なにがそのようなエリート意識で自分を追い詰めたのか、未だに判らない。はしだのりひこをザ・フォーク・クルセダーズの誘い、主導権が加藤和彦にあったのだろう。きちんとした趣味とか高級の食事の趣味は、生来あったが、それを一層、二度目の妻安井かずみに啓発されたと書かれている。

Dsc09314 1977年には、安井より8歳も年下でミュージシャンの加藤和彦と再婚。優雅なライフスタイルで公私ともに行動を共にし、憧れの夫婦として支持された。コンスタントにエッセイストとしても活動したが、1994年3月17日、肺癌のため55歳の若さで逝去した。

安井かずみが、加藤和彦のまわりの友人の女神的な存在で、彼女の死に際して、彼は殉Photo_3死せんばかりの悲しみを霊前で誓ったのだが、それが半年ほどで、オペラ歌手の中丸三千繪と結婚して程なく離婚した。その変わり身の早い結婚に際しては、多くの友人に見放されたようだ。

2009102000000045spnentview000_2 そのあたりから、孤独感に苛まれ、ストレスがウツ症状を誘発して彼を苦しめていたのかも。今の内縁の32歳の女性に財産を譲られる方向だと、報道されているが、この女性の堂々とした態度、今後も変わらず彼の霊を弔ってもらいたいものだ。

加藤和彦東京都立竹台高等学校卒業後、祖父の後を継ぐつもりで京都市伏見区の実家に戻り、歩いて10分のところに位置していた龍谷大学に入学。
 仲間がロンドンへ留学するから「ザ・フォーク・クルセダーズ」の解散ってことで、自費で記念アルバムを作ったら、『帰って来たヨッパライ』ラジオ局にリクエストが殺到し、プロデビューの話が持ち込まれる。加藤は難色を示したが、毎朝説得に来ていた北山修の説得により1年限りとの約束でプロの世界に入る。
ウィキペディア参照

北山 修(きたやま おさむ、1946年6月19日 - ):日本の精神科医、心理学者、医学博士、作詞家、ミュージシャン。
1946年兵庫県淡路島で生まれ、ほどなく京都府京都市に移る。幼少から学生時代にかけてほぼ
京都で過ごす。1965年京都洛星高校卒業後、京都府立医科大学入学。1972年に京都府立医科大学卒業後、札幌医科大学内科研修生として2年間勤務した後、ロンドンのモーズレイ病院およびロンドン大学精神医学研究所にて2年間研修。1980年北山医院(北山研究所を経て、現南青山心理相談室)開設、心理カウンセラーとして活
動する。1991年九州大学教育学部助教授に就任。1994年同教授に就任。1998年九州大学大学院人間環境学研究院教授に就任。ウィキペディア参照

はしだのりひこ:1967年にドゥーデー・ランブラーズの一員としてデビューした後、加藤和彦に請われて1968年にザ・フォーク・クルセダーズの一員として参加する。フォーク・クルセダーズが1968年10月に解散した後、「はしだのりひことシューベルツ」や「はしだのりひことクライマックス」「はしだのりひことエンドレス」のリーダーを務め、ソロに転向。ウィキペディア参照

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コメント

はしださんに会って聞いてみたい。
加藤さんのこと。

投稿: sorezorenonatu | 2011年10月17日 (月) 01時28分

安井かずみの画像?、現・立教大学経営学部教授の高岡美佳さんだと思います。こちらでヒットします。
http://www.rikkyo.ac.jp/feature/sympo/2005/06.html

安井かずみの画像を変更しました。

投稿: 通りすがり | 2013年3月22日 (金) 01時30分

昨日高石ともやコンサートに行って北山修さんも出演されていたので久しぶりに会えて嬉しかったです。加藤和彦さんのプロフィールではミカさんのことも書いていただきたいです。

投稿: | 2018年8月 4日 (土) 12時44分

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