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2009年10月30日 (金)

秋の夜長 河島英五か、本田美奈子か

Photo 秋の夜長には「野増風のふうぞ」英吾がいいのか、と思って聴いてみると、違うんだな。これは河島英五が40代で歌って、息子に二十歳になったら一緒に酒を飲もうとか、男は生意気くらいだちょうどいい、と語りかける。「野風増」は岡山県の方言で、「生意気」とか「つっぱり」の意味。岡山県北部では男の勲章になり、南部では喧嘩になる、と本人の解説がある。そんな時期をすっかり通り過ぎると、40代では感激する歌が、以前と同じに響いてこなくなる。河島英五では「時代おくれ」が好きだな。河島英五49歳、肝臓疾患で急死。

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Photo_2 今テレビを見ていたら、笑点の司会を引退した円楽が死んだというニュースが流れた。あの元気から病気になり、引退して、今年2月再起して落語したが自分の満足する出来ではないから、と自分で引退を決意した。そういうけじめをきちんとしたいるな、と思っていたらその二ヶ月後に肺炎で手術していたらしいが、寿命が尽きた。76歳。南田洋子も肺炎を併発で死亡。ついに彼ら、人生のゴールに着いたのだ。

今、本田美奈子 "見上げてごらん夜の星を"を聴いてみると、彼女の歌声に魅かれる。彼女は36歳で死去。彼女のアメイジンググレースを歌うあの声質かな、人は終末に近づくと、熟し柿のような声に聞こえる。肺病の人の肌は白くて美しいとか、筋ジスで起き上がることもできない子の歌声を聴いたときは、なんてきれいなんだ、と涙を流すほどの感動を覚えた。

Photo_3 なんといっても、本田美奈子はアメイジンググレースだ。これが動画で残っているのはたけしの「だれでもピカソ」テレビ東京だけだ。もう無料で見せる画像は少なくなっている。カネを出す人にだけ見せるという時代になったな。

本田 美奈子.(ほんだ みなこ、1967年(昭和42年)7月31日 - 2005年(平成17年)11月6日)は、日本の歌手、女優である。

今は彼女たち世代だってもう40代だろう。同期には松本伊予とかいるが、同期では一番自分独自の領域を確立した。それだけ、挑戦して、音域を広げ、トップの座にいる。

2004年末頃から風邪に似た症状がなかなか治まらないため、2005年(平成17年)1月に病院の検査を受けたところ、急性骨髄性白血病と診断され緊急入院。3回の化学療法による治療の後、5月に臍帯血移植を受け、7月末には一時退院できるまでに回復した。しかしわずか1ヵ月後の8月31日に染色体異常が見つかり9月7日に再入院した。10月には再び一時退院したものの、同月21日に染色体異常が発見され三度目の入院となった。 そして11月3日に肺に合併症を発し容態が急変。11月6日午前4時38分、家族らの見守る中、息を引き取った。38年と3ヶ月の生涯だった。Wikipedia

『ミス・サイゴン』1990年秋に始まったオーディションの選考は数ヵ月にわたり、翌1991年1月13日にキム役に決定すると3月以降の全ての予定をキャンセルして公演に備えた。開幕にあたっては「私は舞台では、演じないからね。生きるからね。強く生きてみせるからね」と抱負を語っていた。
アイドル出身の彼女の力量を危ぶむ声もあったが、本田は一年半に及ぶロングランを務め、ヒロイン、キムの内面に肉迫した歌唱と演技を高く評価された。以後も『屋根の上のバイオリン弾き』、『王様と私』、『レ・ミゼラブル』と人気ミュージカルに相次いで出演し、実力派女優としての地位を揺るぎないものにした。
Wikipedia

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