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2009年9月 4日 (金)

「天下り禁止」民主党政権ができる前に

6376みごとに、選挙前とあとでは、民主党と自民党は議席数は逆になった。18年前の細川政権は、8党寄せ集めガラス細工だったが、今回は取りすぎといわれるくらい、議席はある。民主党の独裁でも成り立つくらいだ。

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さて、政権が自民党から民主党へ渡ると、今まで見えなかった天下りの実態が見えたりする。マスコミも、自民党のやることに逆らって報道できなかったことが、オッピラになって、見えてくる。どこの家も、葬式やナンダカンダと、家の中が乱れると、ボロが見えたり、相続争いでモメたりする。今、天下りの現実が天下の耳目を集めている。今まで隠されていたその現実が露見して、憤慨したり、人間の欲丸出しの行動がサル山のサルに見える。

一年たつと、忘れられることが多いが、官僚の実態を書いておきたい。

64616472_2 事故米不正転売事件で「農林省には責任がない」と言い切って、その後更迭された。あの男、白須次官。更迭か、引責辞任か、微妙だが、辞任したのは昨年のいつだった?2008年(平成20年)9月19日

白須 敏朗(しらす としろう、1951年(昭和26年) : 2007年に発覚した、当時の遠藤武彦農水大臣が組合長を務める農業共済組合の補助金不正受給問題で、前任の小林芳雄事務次官が辞任したのに伴って水産庁長官より昇格。
2008年9月、三笠フーズに端を発した三笠フーズによる事故米流通事件に関する事務次官会見において、東京農政事務所への告発から三笠フーズに対する立ち入り調査が90回以上行われたにも関わらず、事件を防げなかったことに対する農水省への批判に対して弁明したが、農水省の責任を回避するような弁明内容に対してマスコミなどから批判が向けられた。同年9月19日に、この問題の責任をとる形で太田誠一農水大臣と共に更迭された。
2007年(平成19年)9月7日:農林水産事務次官
2008年(平成20年)9月19日:同退任
2009年(平成21年)9月1日:社団法人「大日本水産会」へ天下り。会長就任が決定。

井出農水事務次官6459 この人事が社団法人「大日本水産会」で行われていることは、7月下旬に漏れ聞いていたが、その人事は大日本水産会の問題で関知するところではない。」と井出農水事務次官は無関係であると、言い逃れている。

キャリア組は、年次で固まって団結してるし、上の人が天下ったら、そこへ予算をつけてあげるのが、後輩の仕事だというのは暗黙のルールだろ。井出サン、堂々とシラを切るのが、なんら恥ずかしくないのだから、呆れ返る。人間、勉強してきた秀才のナレの果てが、こんなだと思うと、ビックリする。

井出道雄昭47九大農卒 昭47農林省入、平15年7月林野庁国有林野部長就 林野庁長官 無し 井出道雄 昭50東大法卒 昭50農林省入、平16年7月官房総括審就 官房長 林野庁長官 岡島正明 昭52東大経卒 昭52農林省入、平16年1月林野庁林政部長就 総合食料局長 
2008年1月17日農林水産省井出道雄官房長が林野庁長官に就任予定。

6473社団法人「大日本水産会」の前会長中州勇雄は、二年任期で4期目に5月に就任したばかり。それが、7月末に辞任して新会長にする、そんな動きが起きるはずがない。それが、そういう話になっていた・・・と、井出農水事務次官はよくいうよ。中須前会長は居心地がいい地位だったから、4期もやろうとしていた。そう考えていたと思うよ。

それが、もうそろそろ、白須(元次官)が水産省にいるから譲れ、と天の声が出て、「民主党の政権になったら天下れないんだから、な」。そんな声に押されて、中須前会長、年棒のほかに退職金を何千万と貰って隠居か?また、別の天下り先を探す?

64706468 白須敏朗氏は、農水省次官で事故米不正転売の問題で目だってしまったから、注目されてしまった。ところが、矢野重興氏、銭谷真美氏は目だっていなかったが、「天下り禁止」という民主党の政権ができる前に、民主党が文句を言えない民間へ逃げ込もう、というワケだ。それが、めっかっちゃった。

銭谷 真美(ぜにや まさみ、1949年 - ):日本の文部官僚。文部科学事務次官。
1962年3月 秋田市立港北小学校卒業
1965年3月 秋田大学教育学部附属中学校卒業
1968年3月 秋田県立秋田高等学校卒業。1年浪人したところ、東大紛争により東大入試が中止、東大受験の機会を逸する。
1973年3月 東北大学教育学部卒業
1973年4月 旧文部省入省
2007年7月 文部科学事務次官
2009年7月14日 同職退任
2009年8月 東京国立博物館館長
民主党がマニフェストに「天下りあっせんの全面禁止」を盛り込んだ総選挙を目前に控え、「総選挙前の駆け込み」との批判が上がる。

これは、戦時中、陸軍の高級将校が戦争責任を感じない行動していたというのと、似ている。清貧に甘んじた生活をしていた一部の責任を感じる将校と対比されるが、その連中と似ている。私たちは、彼らの生き方を非難していいのか。それとも、人間というのは、最大限もらえるものは貰うのが当然だ。犯罪を犯しているわけでもない、だから制度、慣習があるのに、オレだけ締め上げられることない、そう思っているのだろうか。

この連中でもやっと話題になる程度、その下のレベルなら、新聞報道もないから、もっとえげつなく天下っているだろう、と思ってしまう。公的な機関は、サルの、いいえさ場なのか。

明治新政府になったとき、薩長の武士はみないい役職について甘い汁を吸うことにやっきになっていたという。西郷隆盛は明治新政府の第一の功労者だから、今でいえば何億の年俸を貰っていた。が、相変わらずの身なりであった。

登用された役人たちは、いぎたなく銭金をむさぼる根性丸出しで、いつも、「こんな政府をつくるつもりで明治維新(ご一新)をやってきたわけではない」と、西郷隆盛はずっと嘆いていた。それら役人と職につけない50万人の元武士(浪人)の間にいて、苦しんでいた。というのが、明治以降、西南戦役で死ぬまでの、西郷隆盛の立場であった。と私は思っている。

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コメント

陸軍の高級将校が戦争責任を感じない行動していたというのと、似ている。

投稿: | 2010年10月29日 (金) 09時23分

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