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2009年7月 1日 (水)

閑話閑題 1 中学生時代のワル 

雑巾窃盗
雑巾一枚を一学期初めに提出するのが、割当だった。それが出したのち、先生の閻魔帳にチェックをするのだった。まだ提出していないと、「提出してください」催促される。

わが家の母は雑巾を縫うような人ではないと頭から思っていたから、母には何もそういうことは言っていなかった。中学生ともなると、気つかうんだね。他にも諸事情で雑巾を提出していない仲間がいた。彼と二人で、太利先生の目を盗んで職員室へ入り込み、ぞうきんを持ちだした。そのぞうきんを翌日、提出した。雑巾には名前が書いてないから、バレなかったはずだが、後年先生は笑っていた。

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ガラス弁償
掃除道具が学校の予算では買えないから、生徒の負担で賄うのが当たり前だった。ガラスを割ると、弁償するのも割った犯人が負担することになっていた。当時四角いガラス1枚50円だった。

中2の10月頃、私は立て続けに三枚のガラス破損の当事者になってしまったことがある。最初の一枚目は、轆轤ごくろが教室に実験のために置いてあったとき、物・・・ビー球だったかもしれないが、ロクロに載せて勢いよく回したら、それが入口の戸のガラスに当り、ガチャーンと見事に割れてしまった。

罪の意識はまったくないのに、まずかったなぁと思っていると、太利先生「遠心分離の原理で飛ぶことがわかったでしょう」と優しかったが、弁償1号だった。

次に別の教室へ数人で石を投げ込んでいたら、教室の中へ飛び込んで、その石が反対側のガラス戸まで飛んで、ガチャーン。これで2枚目だった。呼び出されて注意だれた。

出入り口の戸があまり建て付けがよくないので、戸閉めた途端に戸が外れて、倒れた。ガチャーン。何でか知らないが、私の行動にガラスが祟ったように割れる。それも、一ケ月以内の出来事だった。三枚のガラスを弁償したような気もしたが、先生が負けてくれたか、それは判然としないうちに歳月は流れた。

謄写版時代のカンニング
定期試験に近い形で試験が集中する時期があると、先生たちは試験問題を印刷する。印刷は謄写版で刷ると、原版のインク付いた原紙を近くのごみ箱へ捨てる。それを拾い出すことは想定していないから、安心しているが、生徒たちはその汚れた原紙を持ち出して、印刷してみると、試験問題が手に入る。

実際にあたりの試験問題を得た人もいるだろうが、なかなか手に入るわけではない。用心深い先生は原紙を別の場所に捨てるとか、試験用紙を印刷を一週間以上前にしているとか。先生方は、問題を手書きでガリ版で作っていた昭和20年代の出来事だ。

検便マッチ箱が燃えるニオイ
検便の時期の保健室の掃除当番は最悪である。マッチ箱にうんこを入れて持ってくるが、それを保健担当の先生が顕微鏡で回虫の有無を記録して、検査済みのマッチ箱がゴミになる。それを運動場の隅にある焼却炉へ運ぶが、すでに燃えているから、匂いがあたりに充満している。

自分のうんこをもっていくのが面倒だと、家に飼っている犬のうんこを入れて出したら、回虫が異様に多くて呼び出されて白状したという子もいた。腹に回虫がいる割合が30パーセントはある時代だった。野菜は人糞を肥料にして育てるのが普通の時代だから、仕方がなかった。

畑のある場所には糞尿の貯蔵庫が野壺だった。子供は畑で遊ぶから、雪の降ったときには、どこにそれがあるかわからないから、片足を突っ込むのはよくあった。

「生徒工場」で木銃を作った  悪ガキ三昧(少年の心は未知との遭遇)

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