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2009年7月27日 (月)

太平洋戦争 開戦から学徒動員まで

昭和18年のい末に始まったアメリカとの戦いは、昭和17年ミッドウエィの海戦までは、どっちかといえば勝っていた。シンガポールの英国軍を降伏させたし、アメリカは真珠湾攻撃でまだ立ち直れていなかった。

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太平洋戦争 映像記録史 前編 1941~1943 72分の動画のなかに詳しく描かれている。始めてみたが、アメリカのフィルムを使っている部分もあり、非常に詳細である。

空母-太平洋戦争における海戦の主役 39分

00003真珠湾攻撃で、日本人の特徴というか、欠点だろうか、真珠湾攻撃で戦艦や航空機を300機破壊したとか、戦死者は3000人と戦果を数えているが、真珠湾攻撃で見落としているのが、軍需工場の破壊とか、石油、ガソリンの備蓄基地を無傷のままのこしている。直接の武器とか、船、飛行機を破壊して、たしかに成果ではあるが、補給、修理部門に攻撃がない。これだったら、すぐ立ち直るだろう。

00006 軍備とか、国力の差が明らかなら、後方の補給部隊を徹底的に叩くゲリラ的な使い方をしない限り、勝ち目はない。山本五十六は軍神といわれた戦略家だが、真珠湾攻撃で戦果は上げているが、敵の団結を目覚ましてしまった点では、政治家のセンスはない。

敵の厭戦気分、平和運動を国民が政府のやり方に反対デモせせたら、国力が二分するだろう。航空母艦4隻あれば、二隻が航行できなくなると同じ効果があると、考えないだろうか。

正直にぶつかるのは、早期決戦だと、山本五十六はミッドウエィ海戦を主張したが、その当時の日本の無線傍受はアメリカが進んでいたから、情報はボロボロ、筒抜けだった。そのことに日本側は気づいてさえいない。日本側には情報戦という意識がまるでない。日本軍の無線交信を傍受システムが数十人単位で行われていた。

00007 ミッドウエイ海戦の前には、日本軍がどういう戦略するか、想定していたが、日本側はアメリカの行動を予想できないから、ソレまで五分の戦いをしていたが、情報が遅いから、哨戒機が知らせで甲板に待機していた艦載機に陸上爆撃か、空母攻撃の魚雷か、判断に迷っていて、爆弾装備にしたところ、空母爆撃の魚雷に変更しろと、急に変わっててんてこ舞いしているところに、第一次攻撃隊が戻ってきた。

その戻ってきた艦載機が着艦した直後の時間に攻撃できるよう、アメリカ側は艦載機を発艦させた。日本側の第1攻撃隊の着艦と第二次発艦準備で手間取っている艦上を攻撃した。これで、日本の艦載機は着艦する空母がなく、燃料切れで海に落ちるやらい、船もろとも藻屑となった艦載機は300機以上あるという。しかし、ミッドウエイの敗戦は、日本政府軍部は一切国民に発表しなかった。

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