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2009年4月24日 (金)

ゾマホン援助 たけし、所ジョージ、田中義剛

3169 ゾマホンは、故郷ベナン(アフリカ西海岸)に「たけし学校」を6校建てて、がんばっている。ベナン国自体が貧困で苦しんでいるから、ちとやそっとの援助では変わらないが、ゾマホンが食い物も食べずに必死で頑張っている姿が、ジーンとくる。彼は既に40歳を越しているが、テレビから伝わってくる。

http://www.tv-asahi.co.jp/benin/ 

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3164 十年以上前、彼の初出版の「ゾマホンの本」という本を売れたら、それをベナンに小学校を作るから、買ってほしいということだった。一冊本買って協力した覚えがある。Photo

絵をオークションで何十万、何百万円の絵を売って、カンボジアに学校を作る、紳介の手法は悪いわけじゃないが、たけしの人柄がはいっていて、一味違っていた。賛同するメンバーがまるで違う。そういえば、たけし、所ジョージは紳介と一緒に番組に出ていない。仲が悪いのかもしれない、と勘ぐってしまう。

3256ベナンへの援助にたけしが動いたのは、ゾマホンがたけし軍団へ入って、彼の付き人をやっていることと無関係ではないだろう。

ナンに小学校を作って見ると、一時間、2時間もかかる遠い場所から通学してくる子がいたり、給食が20円で食べられるのに、そのお金がないから、食べないでガマンしている子が目の前にいる等々、そういう現状が見えてしまうと、放って置けないのがたけしだ。

31791986年 ベナン国立大学(アフリカ文学)入学
1987年 ベナン国立大学 卒業
1987年 北京語文化大学 留学
1993年  同 大学(修士)卒業
1994年 日本語学校 入学
1996年 日本語学校 卒業
1996年 上智大学大学院に研究生入学
1997年 上智大学大学院博士過程前期合格
1999年 上智大学大学院博士過程後期合格
2004年 ベナン共和国大統領特別顧問就任
2006年 ベナン共和国大統領特別顧問再任

所ジョージは、スクールバスを三台贈ったのとはが、それとは別に、給食の受け皿プレートを全生徒へ贈った。彼らには、プレートが非常に嬉しかったようで、その姿を見て、所ジョージ、涙ぐむ様子が見えた。「オレが感動してどうするんだ」とテレていた。

3248 多くの良識ある日本人は、力貸したいと思っている。欠食児童を救済するために、この子を応援しているのだということが分かるように、気に入った子を指名して、そのカードで応援する子のカードを一年間の給食費は一人7000円くらいらしいが、その費用を負担する形で、寄附する。

その子を支援しているという意識が出る。そういう人が1000人いれば、1000人の支援ができる。その子との交流ができれば、なおいい。将来、企業を起こしたとか、医師になったとか、大学院へ入ったとか、日本まで挨拶にきて、給食が食べられて助かったとかいう人が出れば、こんなうれしいことはない。とたけしはいう。1000人応援して一人、そういう人が一人出れば、それでいいのだ、という。

3223 所ジョージが、SchoolBusを三台、寄贈したようで、船便で送ったのがたけし学校着いた。子供の喜びようと言ったら、ありゃしない。これで、遠距離の家に人には、相当便利になる。

日本にも、戦争に負けて数年~十年、昭和20年代、ベナンと同じような状態の時代があった。私の住んでいた中津川市の中心にある小学校へ来られない山奥に住む子は小学4年までは分校で勉強して、五年生になってからは市内の本校へ通学することになっていた。子供の足で片道1時間以上かかる場所だった。

私は、6年生の遠足で一度行っただけだが、大変だなと思った。小さいが静かな、校庭だった。給食がないころの話だが、ここからの子には、弁当を持っていない子が数人かたまっていて、昼休みは校庭の水のみ場に来て水を飲んでいた。

3162 所ジョージとは別に、田中義剛には、「ベナンへ行って農業と畜産を教えてくれ」と頼み込んでいた。田中義剛の北海道花畑牧場経営の企業手腕を見て、ベナン支援を考えた。彼には、農業を企業化するノウハウがあると見た。そこで、義剛をベナンへ送り込んでしまった。年商120億ある田中義剛、かなり身を犠牲にして行かされているようだったが、ちゃんと生キャラメルと畜産、テレビを通して彼の企業が全国区になるように手を尽くしている。

3196 ベナンが昔奴隷の集荷場であり、未だに公用語はフランス語で、フランス語で全てフランス語で教育されている。ベナン国民の習うのは、フランスの歴史であり、フランス語、フランスの哲学、フランスの地理を習う。自国の言葉を習ったりはできない。

ベナンの主要製品は綿花なのに、綿花を1キロ5円で買い叩かれ、製品にする工場がないので、外国でできた綿製品を輸入して買う。一キロの製品が5000円になる。国民一人の年収平均が6万円である。5000円は1ヶ月の収入である。田舎へ行けば、平均年収は1万円にしかならない。

32763278 田中義剛は、ヤギを放牧しているベナン農業を見て、畜産の基本を教えようと始めた。

ヤギを囲いに入れて、定期的にきちんとえさをやり、太らせる。それで一年に一回出産して子ヤギ売る。これで儲けるのだと指導するのだが、肥育するまでは分かるが、経験がないから畜産のノウハウにまで理解が至らない。

そこで、村人を集めて、ヤギ小屋をつくりから始まった。子ヤギメス20頭、オス1頭を飼う。ペナンの人々に畜産の意識から教えるのが手に取るように見えた。これが、たけしから義剛に下された依頼だった。

たけし日本語学校で学んで日本語がわかる二名を花畑牧場で半年程度、農業研修に北海道へ、義剛と一緒に行くことになった。彼ら二名が選ばれて、花畑牧場のノウハウを学んで、ベナンでその技術で自立することを目標にする。それで、技術が永続して、ベナンの経済にプラスする。

国の経済を立て直すことを基本にした支援が見えて、これなら、ベナンの役にたつと思えた。 たけし日本語学校 ベナン人卒業生大集合

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コメント

感動ですよ。♪
以前牛を飼うのに2万円援助しました。
機械より土地の人が使えるものが最高です。
義剛さん、今後も見守りお願いします。

投稿: ようちゃん | 2009年5月13日 (水) 18時37分

たけし日本語学校 ベナン人卒業生大集合

投稿: YouTube動画 | 2011年1月23日 (日) 23時58分

 北海道よりは南の方がよかったんじゃないかとかクマさんは役に立ったのかとか色々な後味は残ったものの、良い番組だったようには思います。

 宮崎だったら100万の支援は兎も角減額がきいたんじゃないかとか いっそ日本じゃなくてアフリカで勉強した方が良かった んじゃないかとか色々はあるものの
私のような視聴者やクマさんには勉強になりましたし、所さんも言っていたように「我々は何を(どんなふうに)あげれば良いのかが理解できていない」という事が多少理解できたように思います。

 別の同様の番組で「職人が教える手掘り井戸」みたいなのも別の黒人さん(アジアだったかも)に教えていたのですが、地下水って結局のところ無尽蔵ではないですし
人間用の動物使用不可の溜め池を作ってあげたり、いっそ25メートルプール(10メートルでも5メートルでも)作ってあげてゴミ取り網でも完備したほうが、または(中古)バスタブと蓋とゴミ取り網の方がいいのかもみたいな気がしなくもありませんでした。
(あと納豆のお薬)

投稿: テレビ見た。 | 2011年2月 1日 (火) 22時53分

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