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2009年4月 6日 (月)

大学に入って、何したらいいか 目標喪失

  大学は楽しいものだろうか。と、四月入学して二週間もすると、疑問をなんとなく感じ始めるのではないだろうか。入試を目標に必死になって勉強してきて、目標を達成したら、
 「これから何したらいいのだ?」
 案外、ガクッとしてしまう可能性のある人が出るのではないか。連休で学校へ行かないでいると、ますます、友だちはいないし、声掛けてくれる人もいない孤独の環境に気づいて、落ち込むかのしれない。
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 あてがってくれる課題があれば、まじめに向っていけるが、自分で課題を考えることが苦手の日本の学生には、その辺をしっかりしないと、一年、二年過ぎて、大学でなにしたのだろう、と思うことがある。

 私の知識不足で、失敗というか、高校までは学校にある図書館で、読みたい本を自由に読めた。受験勉強中は自由にいうのはムリであるが、自分の手の届く範囲に本はあった。今は活字で勉強するとは限らないが、本があれば新しい知識は入ってくる。
 ところが、大学の図書館は、建物は立派であったり、セキュリティが厳重であるのはいいが、平凡な学生が自由に本を借りる、接するのには敷居が高い気がして、結局4年間で大学の図書館で本を借りることがほとんどなかった。
 自分の仕送り内で本を買うとなると、ごく限られる範囲の本しか買うことはできない。できれば、市内、区内の図書館を利用できるようにカードを持っていると、相当たくさんの本が無料で借りられる。こうして知識を身につけるといい。
 あとは、大学学生部で、相談できる制度を利用して、自分の行く道を相談しながら、4年間を過ごすという手を見出すと、いい学生時代をすごせるのではないか。

125534_c450  元早稲田大学総長である奥島孝康先生の熱いハートを伝える講演をたまたま聞くことがあった。早稲田大学には、一見索漠としたトコだが、地下を掘れば泉があり、脈々と水が流れているのだ、それを発見しなさい。と入学した生徒には語っているという。

帰国子女の学生がサン・テクジュペリの星の王子様の中で、こんな一節が好きだと言ったという。「なぜ砂漠は美しいのですか」という質問に対してそうしたら星の王子様が答えます。「砂漠は、深い井戸を隠しているからだよ。」と。

つまり、砂漠というのは、荒れ果てた水のない、そういう荒涼たる風景だけではなくて、ちゃんと砂漠は地下に大きな水脈を持っていたり、あるいはオアシスを持っていたり、そういうものがある。だから砂漠というものは、「月の砂漠」のような美しさを持っているんだ。しかしそれは、自分で探さなければいけない。

帰国子女の学生は、「私は、早稲田大学が砂漠だというふうにさんざん聞かされましたけれども、早稲田大学に入って、この早稲田大学の中で深い井戸を見つけたいと思う。」と言ってくれました。本当に涙が出るくらい嬉しい思いをいたしました。

こういう話を奥島孝康先生は、入学式の時の祝辞の中で、その話をしたという。早稲田は、偏差値の高い学生を集めて、卒業する時はダメな人間にして送りだすといわれている。それを奥島先生は意識されての発言である。

Episode早稲田大学は、大隈重信を父とし、小野梓を母として生まれた。(注意小野梓を母といっても女ではないが、30代で亡くなった大隈重信の右腕だった部下。)私学の雄などという一部世評くらいに安んぜず、世界の「学問の府」として21世紀の人類の課題へ挑戦するためには、

自恃自信自らを恃み、自らを信じ
自反自責自ら反省し、自ら責任をとり
自活自
自ら活動し、自ら学ぶ
(坪内逍遙)という建学の精
神が自ずと創り上げてきた早稲田大学のこれまでの歩みを学ぶ必要があろう。「創造は伝統の継承から始まる」、という。そうはいっても、何をどうしていいかわからない。

大隈重信は、早稲田の精神をイギリスの貴族から生まれた民主主義に範を取っている。貴族は大衆から離れて尊敬される立場だが、義務を負っているという。戦時であれば矢玉が飛ぶ第一線で戦わかなければならない。平和なときには、ボランティア活動の第一線に立たなければいけない。自分の利益よりも他人の利益を考えなければいけない。それこそが貴族だという、そういう精神である。

学生、OB、早稲田の人間は、頭が低く、そして早稲田の人間は世のため人のために汗を流す、涙を流す、そして場合によっては血を流しても頑張るという「ワセダニアン オブリージ」という精神持って社会に出る。それが早稲田大学の地下に流れている精神である、というわけだ。

永井柳太郎という学者がある事件を機に学校を止めざるを得ないとき、大隈はカレを呼んで聞く。
「永井君、君はこれからどういうふうに生きるかね。」永井柳太郎の言葉が素晴らしいですね。
私は、貧しきもの、虐げられしもの、悲しきものの涙を救うために、この一生をささげたい。」と、こういうふうに言った。

これを早稲田精神だ、と彼奥島先生は語るわけだ。貧しきもの、虐げられしもの、悲しきものの涙を救うのが野党、野人精神なのだ。

(尾崎四郎原作「人生劇場」を自己陶酔の調子で朗読)
 
早稲田の森が芽吹くころ、花の香りは沈丁花。崩れかかった築山は、江戸の昔の高田富士。町を見下ろすてっぺんで、粋に感じた若者が、夕日に向ってほえていた。
  春と一緒に青春の波がどんどん押し寄せて、おのこ(男子)ばかりかおなみ(女子)まで、杜の宴に酔いしれる。逢うは別れの始めとか、さよならだけが人生さ。ああ、人生のロマンス。
  昨日も聞いた今日も見た、早稲田の杜に青成瓢吉の出るという。ご存知、尾崎四郎原作「人生劇場」の一節より。ああ、歓楽は女の命にして虚栄は女の魂であります。わずか7日ばかりの享楽を得んがため哀れはかなくも美しき乙女の貞操は犠牲に供せられたのであります。
  覆水盆に返らずのたとえあるが如く、親をいつわりし罪、いと深きかな。ああ、哀れなメリーさんよ、チンタッター、チンタッター。

 人生劇場を語り、歌いながら、奥島先生の熱弁が1時間半続いた。先生は今年12月、次期高野連(高校野球連盟)の会長になる。
 
ただ、早稲田以外を排除するような無遠慮な大声や蛮声の歌は遠慮してもらいたいと思うのは私だけだろうか。

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大隈重信は、早稲田の精神をイギリスの貴族から生まれた民主主義に範を取っている。貴族は大衆から離れて尊敬される立場だが、義務を負っているという。戦時であれば矢玉が飛ぶ第一線で戦わかなければならない。平和なときには、ボランティア活動の第一線に立たなければいけない。自分の利益よりも他人の利益を考えなければいけない。それこそが貴族だという、そういう精神である。

投稿: 大隈重信 | 2012年8月28日 (火) 19時50分

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