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2009年4月20日 (月)

赤い月 なかにし礼 母の満州体験

Photo_3 2004年に放送された「赤い月」

酒造会社の森田家がなかにし礼の家だろうと思って読んだ。このストーリーは、既にテレビ化されているし、映画にもなっている。なかにし礼の母波子を通して満州波乱体験は進んでいく。文庫本「赤い月」があったので、読んだ。

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Photo_4 昭和20年以降の目から見れば、あんな危険で虚構の満州へ行くことないと思うが、当時の血気盛んな青年だったら、「狭い日本に住み飽きた」と大陸を目指すように煽られていると、いくだろう。関東軍という満州国を支える日本人を守る仕組みができていたから、他人の土地も日本人の都合よく利用できた。だから、日本人は一儲けしてがんばるぞ!という気持ちだった様子がよくわかる。

大正9年、母波子は、石屋の娘でミス小樽に選ばれ、小樽港へ軍艦が集結する祝典のパーティで接待役をしているところへ、運送業で羽振りのいい男森田勇太郎がちょっかい出して知り合う。モガの波子は彼の馬車に乗ってドライブする飛んでいる女だった。美貌で気風がよく、てきぱき行動する。和装より洋装で、ダンスをする女、当時の時流の「女は太陽だった」平塚雷鳥のイズムに影響を受けていた。

勇太郎と知り合うときも、波子は士官学校出の少尉大杉と付き合っていた。女を男の僕としてしか見ない軍人のカタ苦しいところを振ってしまった。将来は士官学校出て、陸軍大学へ進む最高のエリートだったが。

Photo_5 ストーリー森田一家が小樽から満州に渡ったのは昭和9年5月のこと、母・波子は30歳、父・勇太郎は33歳、長男の一男は9歳で美咲は3歳だった。
 母波子達がたどりついた牡丹江駅には、当地の手引きを担う塚本という男がいた。勇太郎と波子は、小樽時代の知己・大杉寛治と、塚本の口利きで酒造りに活路を見いだす。大杉は関東軍の参謀副長、塚本は満州で幅をきかせる協和物産の社員だった。
 波子と勇太郎夫婦の必死の努力と、越後白雪のベテラン番頭・池田の尽力により、森田酒造は日本酒「弓鷹」の醸造に成功し、もともとの住民だった匪賊の襲来におびえながらも、財を成していく。
 波子達の奮闘があったからこそ森田酒造は成功したわけだが、その影に関東軍の大杉の力が大きく影響していたことは否めない。大杉は波子の初恋の相手だった。★

02黒龍江省  満州牡丹江に着いてからの苦難も順調にクリアしていく。満州で典型的なサクセスストーリーだが、突然のソ連の参戦で満州で築いた全てが崩壊していく。それが波子の行動とともに描かれている。それでも、『生きていく』ための彼女の価値基準、生きて日本へ子供たちを連れ戻す、そのためにはあらゆる手段を使うことが善であった。

第一章、森田酒造に家庭教師に入っているエレナはソ連のスパイだという密告書が保安部へ送られてきた。エレナは保安部にいる氷室青年と恋仲だった。その女に騙されているというわけで、氷室の上司牧田は、氷室を救いたいが、この密告書が憲兵隊へも行っていれば、と悩む。

氷室を使って、エレナの現地処分(臨陣格殺:司法手続きを経ないで処刑できる制度)を行わせることに決した。昭和20年8月9日、ソ連が満州へ侵攻開始するその日である。深夜2時、森田酒造へ家宅へ数十人の警察官が押し寄せて、エレナはいるか、という踏み込みだある。

肉体関係もあるエレナは、氷室と恋仲になり、騙し続けてきたから、情報を本国へ送り続けていたわけだが、8月9日、深夜、突如、踏み込まれ、正体がばれたと思い、逃げ出そうとしたが、数十人の警察に取り囲まれて、エレナは氷室の軍刀一閃、うまくクビを切り落としたはずだったが、氷室の胸に血しぶきが降り注いだ。

この章が「赤い月」に書かれた第一章である。なかにし礼は、交響曲描いているように「赤い月」を書き進めている。第二章が邦人総引上げの様子が描かれる。軍人専用列車に乗り込むために、エレナを切り捨てた氷室に頼み込む。

引上げも軍人家族が列車を優先的に利用できるのに、波子は自分の仕えるコネを最大限に利用して家族を帰国させる手段を講ずるのである。多くの徒歩で移動する人々が助けを求めても、彼らの貨車に追いすがる手を強引に払って、列車を進める。その意味では、列車に乗って逃避行できる波子、森田家の一行は恵まれたが、それでも、悲惨な旅である。

Photo_6 匪賊や満州の大衆が押し寄せてくる中、森田酒造に溜め込んでいたお金を帯の芯を抜いて縫込み、小額年生の公平(なかにし礼)に背負わせて、大金を持った。このお金がハルピンに着いて、最高級のナショナルホテルに六人が5日宿泊できた。ハルピンに来るまで5日間はフロも入れないし、食べ物も不自由した。列車の停車すると、饅頭を現地の満人が売りに来る。普段1銭で買える餡のない饅頭が十円だという。100銭で一円だから、1000倍の金額を吹っかけるが、ひもじさには勝てないから、日本人は今まで馬鹿にしていた満州人の言い値で饅頭を買う。50個も籠に詰めてくれば、50銭しか売り上げにならないのが、一気に500円になるのだから、笑いが止まらないだろう。

今の感覚で表現するえば、1個100円のパンを10万円だと言って売るのだから、50個家で焼いて売ったら。500万円になる。非常時の人間の異常さを感じる。

列車の止まっている線路下へ物売りが集まってきて、避難民は、腕時計とか貴重品と物々交換して食料品を手に入れたのだ。

nozawa22: なかにし礼 作詞家はラブレターから

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コメント

母・波子は30歳、父・勇太郎は33歳、長男の一男は9歳で美咲は3歳だった。
 母波子達がたどりついた牡丹江駅には、当地の手引きを担う塚本という男がいた。勇太郎と波子は、小樽時代の知己・大杉寛治と、塚本の口利きで酒造りに活路を見いだす。大杉は関東軍の参謀副長、塚本は満州で幅をきかせる協和物産の社員だった。

投稿: 波子は30歳 | 2011年3月10日 (木) 21時42分

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