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2009年1月25日 (日)

段ボールハウスのホームレス訪問

Photo 段ボールハウスのホームレスMさんは、インテリだった。彼は、白いものが混ざるひげは伸び放題で、セーターとジャージで顔を出した。ビールを3本飲んで、酔っ払って布団をかぶって寝ていたようだ。

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「ちょっと小便してきますから」と川の方へ降りて行った。戻ってきて、「中へ入ってください」と我々を段ボールハウスの中へ案内してくれた。靴を脱いで、中へ入ると、布団が敷きつめてある上へ「座ってください」と勧める。

座ろうとすると、手に固いものが手に当たる。携帯ラジオだ。テレビがないから、ラジオで情報を得ているようだ。

月に2回ボランティアで弁当の差し入れをしたK氏夫妻と連れ立って一緒に行った。奥さんは、子供のころ、ここの田川のすぐ近くに住んでいたから、この辺の事情はよく知っている。

昔は、ここにはおなかの大きい女の人が暮していたとか、多くの人が水飲み場に水を汲みにきていたとか。ここではこの段ボールハウスで人が死んだとか、この地の経緯を語って聞かせてくれた。

案内してくれたK氏は、年末、ここで10日間断食をやった。本当は厳冬の山中でやる予定だったが、積雪30㎝で車で行かれないから、そしてみんなは凍死してしまうと止めた。寺の境内を借りようとしたが、どこの寺も貸さなかった。そこで、田川の段ボールハウスの親玉Mさんが「ここでよかったら」と空き段ボールハウスを貸してくれた。

そこで10日間の厳冬の断食苦行を実行した。普通なら、こんな断食を自分に課す人はいない。常識はずれの断食を私もあまりお勧めできないが、K氏はシャブ中毒で幻覚幻聴を聞いて苦しんだ時期を忘れないため、あえて断食をして、その頃の辛さを思い出すのだという。スイトンを食べて、戦時中の食糧難を忘れないようにする企画に似ているかもしれない。

断食も初め数日は我慢できるが、4日目、5日目は空腹でグウグウおなかが鳴るし、一番つらい。そのあとは、なんとか、平穏になる。5日過ぎると、もうウンコもでなくなる。あとは水を飲む以外何も口にいれない。

その時、段ボールハウスの主Mさんが、朝1回、夕方1回顔を出してくれて、様子を見にきてくれた。5日目に、断食しているのに、Mさんは、ラーメンを作って持ってきてくれたんだとか。もちろん断ったという。

断食終えたK氏を、12月30日に奥さんが、迎えにきたから、Mさんになにがしかの礼を持ってきたりしているから、顔みしりだ。

Photo_2そんな関係で、K氏の知り合いのMさん、どうしているか、様子見に顔を出したのについて行ったわけだ。Mさんの段ボールハウスの中は、石油ストーブ焚いていて、中は熱いくらいだ。コート脱いでくださいというが、普段一人の家に4人入ったから、置く場所もない。窮屈なことこの上ない。

時計もあるし、カレンダーもあり、洗濯物は外には干してある。ナベかまもそろっている。食器もそろっている。生活は新聞紙の回収、アルミ缶の回収を業としてやっている。仲間のうちからトラックを買ったのが、週二回、まとめて回収にやってくる。

段ボールハウスの中にいて、なんか、記憶あるような気がすると思っていたが、今思い出した。小学校5年生のころまでやていた門松を集めて、冬の空き畑に建てたドンド小屋だ。6年生になったとき、あれは子供がよくない遊びを覚えるからと、生徒会会長連合会で中止された。今も続いていれば、秋田のカマクラに匹敵する地方の民俗文化の一つになっただろう。

先輩からよからぬことを教わることはあるが、そうやって先輩からいろんなことを教わってきた。小屋の建て方も、柱を立て、枠組みを作り、上に松で屋根を敷き詰めて立派な小屋を中3が完成する技術を身につけていた。それが毎年次の中3ができるようになっていた。伝統の継承があった。

その小屋の中で焚き火していた時の雰囲気が段ボールハウスの中にあった。ストーブバンバン焚いて、ちょっと暑いが、隙間から空気が漏れているから、換気には心配ないが。外が明るい間は光がはいってくるが、電気がないから、暗くなったら寝るしかない。川から吹いてくる風は冷たい。

Mさん、東北の山形へケアハウスの企画施工のプロジェクトで出かけて行ったところ、2年ほど前の話だが、それが不景気のせいか、契約解除でお金ももらえず、放り出されたという。「約束というものがあるだろう」と、未だに憤懣やるかたないようす。しかし、Mさん、おとなしい性格だったので、それ以上あら立てることなく、山形から歩いて栃木へ帰ってきた。歩いてだよ。歩いて。そして、今段ボールハウスで暮している。体力がもたなくなったら、もっと温かい方へ移動する。

1735 缶ビール3本飲んだといて、ちょっと言っていることがいい加減だが「オレはアナーキーだ」といい。「奥さんは柔らかい」といって肩をもんでやる。60代だろに、ひげも頭髪も白いものが混ざって、歯は抜けている。

帰り、我々の車の駐車しているところまで見送りに来てくれた。セーター一枚では寒いのに、最後まで見送ってくれた。人の良さがある。住所ないから定額給付金ももらえないのも、そのことにこだわっていない。そんな欲の薄さが、段ボールハウスで暮す理由になっているのだろうか。

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