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2008年12月 1日 (月)

ケニアからソマリアへ海賊船長と

今、ソマリアで海賊がどうのと言っているが、10年も20年も昔からあの近海は彼ら海賊は跋扈している。そこへ単身でかけた京さんの話を聞いたことがある。

02モガジシオ港で歌手京一夫 右は現地運転手 森進一の「じゃがいもの会」が盛んに活動しているとき、歌手協会のメンバーであった京さん、余り知られていない歌手だけど、負けん気だけは強い人だから、ボランティア活動として実際にアフリカの貧困に支援をしようと、アフリカへ渡った。有名でないから目立ったなかったが、実践の点では、森進一に負けていなかった。

ルワンダへ行く前にソマリアへ潜入した。その際、日本大使館は、無法地帯だから、ビザは出ないし、危険だから、入国は許可しないと言われた。

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そんなことではあきらめない京さん、なPhotoんとかしてソマリアに入国できないか、ルートを探した。ソマリアから密輸船が来るから、ケニアのモンパサという港から乗り組みソマリアのモガジシオへ行くという案だった。そのとき、彼をソマリアへ連れて行ってくれるのが、ソマリアの海賊船だった。それに便乗させてもらう約束で、夜の9時に出航だから、その時間に来るように指定される。

海賊船の船長ラウさん、私の腕時計を見て、「いい時計をしているな」と暗に時計もくれというわけだ。気分よく乗せてくれるなら、と差し上げることにした。時計を手にしてご機嫌な顔しているのを見て、安心した。

先払いで、船が先に出られては元も子もないから、早めにモンパサの港へ着いた。港も本来は侵入禁止なんだが、それもまあ無視して早めに来てまっている。

Ahurika明るいうちに港の倉庫内を警備員の男に「中を見せて くれ」と頼むと、シッシと追い返されてしまったので、お金を渡してみたら、途端に態度が変わる。それは、アフリカの常識だったようだ。

京さんが支援してるライスミールがちゃんと届いているか、それの確認だった。倉庫には、支援の品はうなるほど陸揚げされている。アフリカ内地へ運ぶ手段、トラックがない。トラックも海と同じで、陸にはトラックごと食糧を奪う海賊ならぬ山賊ががいる。実際、トラック10台連ねていくと、1台は故障か何らかの理由で、隊列から離れしてしまう。それが狙われて奪われてしまう。山賊と気脈を通じて、故意に列から離れる運転手もいないわけではない。

出港の午後9時までには時間があるので、運転手のジョージとモンパサの港町を散策する。坂の多い古い町である。とあるスワヒリ料理の店へ入った。時間の止まったような町であった。古いアラビア風の店構えで、アラビアランプで明かりを取るような雰囲気でカレーの匂いがどこからとなく漂う。店の雰囲気は『アリババと40人の盗賊』の時代にタイムスリップした印象を受ける。

鶏のピラフは美味しいが、料理はとびっきり辛い。食事を済ませたのち、通りへ出て、灯りも殆どないところにある露店のアラビアンコーヒーを飲む。一杯二シリング(5円)この安さ驚いた。

ケニアで仕入れた品物を帆船に満載して、ソマリアへ持ち込むと、ソマリアは物が不足しているから、面白いほど売れるらしい。十数人の部下を引き連れて、ラウ船長は京さんを乗せてくれることになった。写真(上)の運転手ジョージが現地語を駆使して交渉してくれた。モンパサ港からソマリアへ行くのに、日本円で1000円と話がまとまった。京さんたちを仕入れた荷物の隙間に乗せればいいのだから、荷物を乗せる感覚だ。

予定の午後9時近くなったので、船に近寄る。なかなか巨大な船である。しかし、古い木造船だ。奴隷を運んだというが、それは信じられないが、そうかもしれない、と思わせる古さである。外壁に使われている木材は線路の枕木のような色をしている。肌の黒いラウ船長、暗闇の中で目だけはキラキラ光っているのに、他はまるで見えない。

ソマリアの海岸線は長い。船長室に集まって、酒盛りが始まった。なんやら、現地語で話が盛り上がって笑っている。

アメリカの戦闘ヘリコプターが現地の反政府ゲリラの小型のミサイルで撃ち落されて、乗員がなぶり殺しになった直後だったので、パトロールするアメリカ軍と海賊との間には緊張感がある。ラジオ放送は主に米軍の放送で、その情報を聞きながら、ソマリアの海賊達はそれをうまく利用して生きている。

夜中過ぎになって、船長室には、私と数人だけになっていた。船長も私も酔いが回ってきたとき、ラウ船長が刀傷を見せた。顔をこちらに向けると、片目がない。それをランプに照らして、私に顔を近づけた。ゾーっとした。何も声が出ない。20秒も過ぎた、怖さを通り越してチビリそうになった。突然ラウ船長は声を出して笑いだした。

私はなんだか分からないから、キョトントしていたら、ラウ船長のないはずの片目を開いて、尚一層笑った。私は船長に担がれていたのだった。迫真の演技を見せられて、演技力に感服である。怖かった。あのまま、私は気を失いほどだった。

上陸して、歌手京一夫は、ソマリアの国内難民民キャンプを慰問して回った。

あれから、10年、まだソマリアは内戦が終わっていない。ますます国内は貧困と混迷は深くなっている。ソマリアは貧しい国であるが、アフリカで一番美女が多い地域だと言われている。外国の支援なしに生きていけない地域になって長い。力あるものは、海賊になって、奪っ逞しく生きるすべを身につけている。

治安維持と食糧支援をして命の安全を図り、それから、国の形を作っていく国際支援がないと、まだこの混乱は続くだろう。

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