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2008年12月29日 (月)

生者必滅、会者定離 その3

「母を亡くして悲しむ」のはそれは愛情の証拠である。(生者必滅、会者定離 その2 からの続きただコレが逆に行き過ぎると、自身と他者を同一化してしまう。アメリカへ移住した日本人が自殺する際、たいていは我が子を道連れにしてしまう。アメリカ人の感情からすると、これは子殺しとしか見ない。生き残った母には重罰が課せられる。

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 日本人は、アメリカ人からすると、独立していないと見られる。「母が死ぬ」ことを我が肉体の一部として見ているから、感情が一体化して悲しみから抜けられず、次へのステップへ行かれない傾向がある。

 忘却とは忘れ去ることなり(意味がヘンだが)、「君の名は」の冒頭の有名なナレーションだけど、母の死が三年くらいで薄らいでいく。それが自然なこと。
 2チャンネルで書き込みをする人々は、その日本人の風土をたっぷり受け継いでいるから、日本人の傾向をそのまま自分の中に受入れて、それから飛び出す独立心が不足している、そう思わざるを得ない。ぜひ、自分を客観視できる能力を獲得してほしい。

 人生は「さようなら」の連続、「一期一会」、生者必滅、会者定離、会うは別れの始め、さよならだけが人生だ。似たようなものが沢山ある。
 もう一点、生の死に出会うチャンスが無い社会になっている点を指摘したい。もっと生から死へ瞬間、死をナマで見るべきだ。愛情を注いだ愛犬の死、飼っていたニワトリをつぶして料理して食べ、そういう情景が当たり前の中を駈け抜けた私たちの世代では、死はそれほ特別ではなかった。それだけ死は生とつながっていた。

現実は死は、有から無の世界への物理的変化でもある。それはそれぞれに人の解釈であるが、死をいつまでも引きずらないことが大事。生きている人を大事にすることこそが、今回のテーマ。
死について、確固たる考え方を持ちたい。生と死一体化の思想は仏教を通して、日本人の心に培われてきた。

02「死生観」にも、生きて残る者の側の「死生観」と老いて死に行く「死生観」が必要だろう。今問題にして考えているのは、前者、生きて残る者の側の「死生観」について考えてきた。

が、これからは私の老いて死に行く「死生観」が問われることになる。老いはそこまでやってきている。昭和20年頃までは、人生50年といわれた。だから、ほぼ定年が55歳だった。戦争で若者が多数戦死したときは、日本人の平均寿命が29歳となった。(これは私の記憶)

70代なかばで亡くなった方が、「70を越すと急に肉体が弱ってくる」と話すのを聞いたことがある。物には賞味期限がある。トマトを育てていて、秋も深まってくると、葉先が黒ずんで枯れ始める。水耕栽培のトマトは相当の長生きらしいが、通常のトマトは一年で枯れていく。それを見ていて、人間の命も有限だなぁと痛感した。

 Fca91a61608f8dbf58a2151e90ff955f おばあさん女優で、小柄で善良そうな風貌で有名だった方(原ひさ子95歳)も、長生きだと思っていたが、ある日、朝食をすませてコタツに当たっていたら、そのまますっと消えるように死んでいた。そういう話がある。
 ある人の場合、いつも元気で病んでいることもないのに、朝起きてこないな、と起こしにいくと布団の中で死んでいた。そういう死に方もある。本人は苦しまずに死ぬなど、老衰は理想的だ。70代を越すと、衰えは歩き方が遅くなる。目歯足まらの衰え、これが老衰。私の仕事柄、
録音起こしで気付くのだが、滑舌カツゼツというか、話言葉に明瞭性を欠く。老いは確実にみんなに平均して、避けることはできない。

 年齢を若く言いたがるが、本来はその年齢にふさわしい歳の取り方が理想のはず。死を悲しいものとは思わないでいたいものである。生と死は一体。死して子孫を残す人も残さない人もいるが、それも人生。子孫繁栄していけたら、森になるような連鎖が広がる。それは各人の望みとなる。死は避けられない、これをどう迎えるか、それは各人の人生課題である。

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