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2008年11月 2日 (日)

麻生首相に野中広務が苦言

Img_0445_2 早朝の「時事放談」に、「戦争実録」の半藤一利、元自民党幹事長野中広務が呼ばれていた。昔は細川隆元と小汀利得の毒舌対談は評判だった。。1970年小汀が体調を崩し番組を降板(1972年に逝去)して以降は、細川と藤原弘達、藤川清、加藤寛、斎藤栄三郎などが続いた。今は世代が下へ降りてきて、塩川正十郎などが登場。固定メンバーではなさそうだ。

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Img_0460 麻生太郎首相は、この期に及んで、経済活性化に努力して、減税措置から一歩進んで、①一人様2万五千円程度を配る(4人家庭に6万円)、②高速道路の土日は一般車は乗り放題1000円、③不動産取得600万円控除、④1兆円の地方公共団体へ道路財源から譲渡など、打ち出したあとに■3年後に消費税を倍の10パーセント■にすると付け足した。

Img_0456_2Img_0446 消費税を付け足したのは、勇気があるというか、まだ選挙がないから今のうちに言っておけ、という魂胆か。消費税を主張して当選した人がいない。みんな、消費税の「しょ」も言わないで、だまし討ちするのが政治家の常道だった。それを敢えて言ったのは、自分がそのときに首相をやっていないから言える?

だいぶ前の選挙で、自民党の鹿児島県選出で、税調で消費税を推進していた山中貞則議員、自分の責任だからと「消費税導入」を謳って選挙運動をやっていた。ふた開けてみたら、大物先生落選した。次の選挙で復活したが。それほど、消費税を言い出すと、票が減る。

Img_0593 首相就任の第一声を麻生さんが秋葉原でやったことに対して、野中さんはきちんと良識のある一言を言った。聞いていて、なるほどと思ったのは、「(演説を)夜やるのはいけません。いくら何があろうと、夜10時半ころから11時50分という時間は、SPや秘書官が勤務終わって、SPなんかは警視庁へ帰り、拳銃を置いて、それから家へ帰る。翌朝は通常勤務に着かなけImg_0594 ればならない。こういうマスコミを含めた人たち、家庭生活をこの人(麻生太郎首相)はどう考えているか。」

「我々(野中幹事長時代)、一番考えたのは、そのことでしたね。この人(SPや秘書官)たちは、食事はいつだったのかなぁとか、休みは適当に取れているのか、そういうことを考えてやらないと、とてもトップは務まりません。思いやりというのがないのでは、連日夜の行動を見ると、思う」

1 小渕首相のことを持ちだして、首相官邸で、秘書官や幹事長が残っていたりすると、小渕さんは官邸で寝ないでいる。野中さんが、私たちが「寝てください」と言っても、小渕さんは寝巻きになることはなく、いつも責任者の中心にいるという姿勢は崩さなかった、と「小渕さん」と「麻生さん」を野中さんは比較していた。

小渕さん、そんなに緊張していたから、「脳梗塞になった」と、麻生さんの側からは、そんな声が聞こえそうだが、官邸の中で麻生さんが緊張している姿は想像できない。夜になると、官邸からそーっと抜け出して、赤坂あたりの町を徘徊して、秘書が首相のカバンを抱えて、くっついて歩いているのだろうか。

年代の違いか、小渕さんくらいまでは、昔の「刻苦勉励」の精神が染み込んでいる。責任、特に首相の責任の重さを痛感して国民に責任を持つ、その重圧が辛かったりするにしても、国民の代表意識があった。ところが、麻生さんにはそれが薄い。だから、アンナにアッケラカンと振舞えるのだろう。まあ、それが新しい時代と言えば、言えるのかも。

野中さんには、20歳も年下の麻生さんには、先生の目か、親の目で見ている。

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