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2008年10月21日 (火)

柳家小三治 落語の面白さを求めて

54 落語はわりと気楽に聴けて、笑えるから好きだが、本格的に放送されることが少ないのは、なぜだろう。歌舞伎や能が、三越・伊勢丹などのデパートの買い物しにいくような格式ばっているのに対して、落語はセブンイレブン、ダイエーのコンビニやスーパーの感じがある。

10代目柳家 小三治(やなぎや こさんじ、本名:郡山 剛蔵(こおりやま たけぞう)、1939年12月17日 - )は東京都新宿区出身の落語家である。落語協会所属の同協会理事。出囃子は『二上りかっこ』。
師匠の5代目柳家小さん没後、6代目柳家小さん襲名の最有力であったが小三治は小さんを継がないとしたため6代目柳家小さんは師匠の5代目小さんの長男・3代目柳家三語楼が襲名した。
現在ではリウマチを持病に抱えながらも高座に上がり続けている。のどを痛めない為に高座の横の湯飲みにはお茶ではなく漢方薬が入っている。ウィキペディア

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219 柳家小三治が、まだ柳家小さん治と書かれていた頃から、彼は才能があるとか、言われていた。NHKがプロフェッショナル人物を取り上げるから、彼の鋭さが出ていたのかもしれないが、落語家がバラエティに出て顔を売って名前を覚えてもらう傾向が強いが、かたくなに、池袋の演芸場でトリを勤める姿を強調していた。その姿は、求道者の姿に見える。

20年前に病気して、体力が衰えたことにも影響されているのか、青年期、壮年期に見えた、体のキレ、動きの鋭さが欠けてきたような印象がある。それを補うように、真剣さ、スキのなさで補っている。普段があまり口数が少ない、無愛想に見える人、その人が余計に難しい人に見える。

今、週に4本も5本もレギュラーを抱えているお笑いのタレントの笑いとは、かなり離れたところにいる。柳家小三治も、笑いを求めているのだが、その笑いとは違うのか、その部分がよくわからん。

真打になる手前で、師匠柳家小さんに稽古をつけてもらったことがある。真打の手前なら、二つ目あたりの弟子は、プロとして通じる実力がある。相撲で言えば、幕下か、十両になった程度の位置にある。

9Photo小三治 は、師匠の前で緊張もしたのだろうが、落語を一席して見せた。柳家小さん師匠、ぽつり、「Waraukosan 前の落語は面白くないな」と言って席を立ってしまった。小三治 は、呆然としているばかり。この「面白くないな」といったら、「どこが、どうして?」「どうすれば直りますか?」と質問して、聞いて直るなら簡単だが、「お前の落語はおもしろくないな」と全否定をされたと、小三治 は感じた。

51 その後、先輩を17人抜いて真打へ昇進したが、まだすっきり悩みが解決したわけではない。師匠の言った「お前の落語は面白くない」という言葉が頭に残っていた。何かヒントがないかと、名人と言われた

落語をを徹底的に分析した。どうしたらいいのか、面白いと評判の芝居、映画・・・あらゆるものを見て回った。「面白い」ってなんだ、という迷いが彼の課題になった。

小三治は根がまじめで、思いつめる人だから、寝ても覚めても、「面白い」とは何かを考え続けて、日々思いつめていた。或る日、古今亭志ん生の言葉を聞かされた。

 落語は面白くするには 面白くしようとしないことだ

Photo_2 これはすごい、すごいじゃないか。志ん生はただそこにいるだけで、面白い人ですよ、何か言うたびにおかしいひとです。その人が言うことが、笑わせようとしていない、という。

 ぼやーっと聞いていると、何を言っているか、わからないが、この巧まずして、笑ってもらうコツ、皆伝は、面白くしようとしないこと、まるで禅問答みたいな答えに触れたとき、柳家小三治は、ビビっと体に震えがきたように理解したという。それまで、「面白い」ということを追求してきたから、わかったのだろう。

語り継がれてきた落語は、落語家が笑わせようとしないでも、本来そのままで面白いはず。小三治は決めた、面白く話そうとするのではなく、もっと素直に演じてみよう。本物の芸を極める一途な日々が始まった。

96 「これだけ大勢無精者が集まったんだから、こんど不精会というのをやろうじゃねえか」
「よしなよ。面倒くせいから」
これは全然笑いを強制していないし、人生を謳歌している人たちのやりとりと思う。と小三治はいいう。

06 笑わせるものではない
笑ってしまうのが芸

ムリに笑わすのではなく、自分の中から笑いが出てくるものである。一年通じて、うまくやれた、と自分をほめてやれる日は一日あるか、ないかだ。

7 ワキをコチョコチョ
何をするんだヨ
(竿を上げる仕草)
イタタ・・と鼻に釣り針が刺さってしまう
アタタ・・・
魚を釣らないで鼻を釣ってしまったよ。あの人は。
(拍手で幕)青年が若い女のシャレコウベに惚れる噺「野ざらし」

40過ぎても人物をどう描くかで悩み、50を過ぎても素直に演ずることと格闘していた。そして、68歳にして理想の落語を求める旅はまだ続いている。

221 酔払いの行動は、①泣いているわけでもないのに、顔をこする。②むやみに鼻をつまむくせ ③口の運動をして動かす ④テーブルの上の徳利をむやみに動かす・・・小三治は、よく酔払いを観察している。芸に役立つか、そうでもないか、わからないが、蓄積しておく。

0255 「落語を辞めようと思いませんでしたか」と聞くと、「落語をやりたくて入ってきたのだから、そうは思いません」と、生真面目な答えが返ってきた。彼は、「今日の自分を明日追い越そう。明日の自分をあさって追い越そう、とそればかり考えてやってきましたから。」なんか、修身の教科書に載せたいようなこと、よく言ったものだ。

「一体落語って、なんですか」これを聞いたのは、人間ドキュメンタリーの司会、茂木健一郎。それに、柳家小三治、快刀乱麻の答えを期待するのはムリ、じー・・と考えること20秒、30秒・・・ウン・・・辿りついた答えは、「笑っちゃうじゃない?ただ笑うだけでいい。笑うこと、みんな嬉しいじゃない?」「もっと言えば、笑っている自分を好きじゃないの?」人間らしく生きていたら、笑いは出てくるもの。

5 真夏の7日間、池袋演芸場で寄席のトリをやる。それを先輩、同輩たちは、歳をとって体をいじめるようなハードスケジュールをこなす柳家小三治にアドバスをする。もっとラクしたら、生活に困るわけではないだろ、というニュアンスで言う、らしい。

柳家小三治はいう、「まだ(私は)突っ張って生ているんですかね。」この突っ張りこそが生きるハリでもある。そんな小三治を見て、自分と戦う姿勢、このやせ我慢にも見えるモノが、人生のハリだろう。王貞治はこちらの部類だろう。

艱難汝を玉にする、などという言葉を知っている人の世代でないと、ラクな方に流れる。

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コメント

40過ぎても人物をどう描くかで悩み、50を過ぎても素直に演ずることと格闘していた。そして、68歳にして理想の落語を求める旅はまだ続いている

投稿: | 2011年1月27日 (木) 00時49分

昨年の夏、youtubeで“落語”と検索し、小三治師匠に出会いました。『うどん屋』でした。
ムスッとした顔で、近寄り難い雰囲気・・・インターネット上の動画ですから近づこうたって顔を寄せるしかない。
酔っ払いの様が父を思わせ、目を背けたくなる程、嫌で嫌で。
でも確かに、本物の酔っ払いがそこにはいました。そして父には可愛さがあり、何よりただただ面白く大好きになりました。今ではほぼ毎日小三治師匠の動画や音源に触れている日々。
私の中では、落語=小三治といっても過言ではない。
いやっそう言いたい。色々と落語を深く、長く愛されている方々から怒られるかもしれませんが。
「その了見になれ。」 小三治師匠が常におっしゃっている。
今日の自分を明日追い越そう、明日の自分を明後日追い越そうと日々、小三治師匠は自分と、落語と戦っている。
追い越した先にある笑顔を求めて。自分もこうなりたい。
小三治師匠から落語、人間修業がしたい。身の回りのお手伝いでも構わない。弟子をとらないと公言されているのは知っている。頭では理解している。
しかし、気持ちは治まらない。

投稿: 28歳男性 | 2011年2月12日 (土) 22時39分

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