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2008年9月30日 (火)

矢野絢也と池田大作名誉会長の関係

Stt0806131956011p2_2 20070412矢野絢也は、池田大作を「先生」と呼ぶ。矢野が池田大作と接触があるのは、白木義一郎氏が昭和31年、大阪選挙区から創価学会系無所属として参議院議員に立候補したさい、青年部の一員として応援活動をしたときである。大阪の選対責任者をしていたのが池田大作である。

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8baa1889矢野絢也が、創価学会へ入信するのは、二代目会長の戸田城聖先生にお目にかかる機会があったからだ。
戸田先生は
、「学問は学問でしっかりやりなさい。その上で信仰もやりなさい。無理に二つをくっつける必要はない。学問も深め、信仰も深めていけば、おのずから自分の胸の中で融合するときが来るかもしれないとおっしゃった。
私はもっと迷信っぽい話を聞かされるかと思っていたのだが、この方は立派な指導者であると非常に感銘を受けた。

創価学会のトップがこういう納得のいく話ができる人なら、聞く人の胸の底に納まる。信頼が回復できる。しかし、トップのご機嫌伺いで、恐喝まがいの査問をするような人が、大手をふるって歩くようでは、この団体は先がないのではないか

P3100018白木義一郎  これが、宗教を指導する立場に立つ人は、このくらいの寛容な態度で接してくれたら、多くの人が入信するだろう。事実、京大生だった矢野絢也はその言葉で創価学会へ入信した。その前に白木義一郎(東急フライヤーズ ピッチャー)の家に出入りして、同年代の人たちと親しく接していたのも入信の要因であった。

4039ネット上にはこんなポスターがある。なぜこんなものが作られるか、原因を考える必要がある。
 昭和32年の参議院補欠選挙の際には、矢野は京都大を卒業して、大林組に就職していた。彼は会社を何日も休んで、選挙の応援活動をした。会社の前でマイクを握って応援演説をして、会社の知るところとなり、会社をクビにされた。そのことを法難だと、いきがって報告に行くと、選挙対策責任者である池田大作から「会社をクビになるような人間は学会もクビだ。社会と両立しないでどうする」と厳しく怒られ、矢野は会社へ頭を下げて、クビを取り消してもらった。
告発手記を参照

 

選挙応援のガンバリが認められて、池田大作先生には特別に目をかけられ、学会内では青年部の幹部となり、池田先生の旅行のお供役もさせていただいた。これが矢野絢也と池田大作の結びつきの始まりである。

 

創価学会の揺籃期であるが故の、ほほえましい関係であると言えば言える時期だ。昭和38年矢野は府議会議員選挙に立候補を指示され、30歳にして府議となる。府議時代には関西男子部長、本部副青年部長、学会理事などを歴任した。そして、昭和42年、池田先生に衆院選に出るように命じられた。当選後には竹入氏が委員長で私は書記長に就任することが既に決められていた。

 

 34歳で初当選して以来、結局連続9期衆院議員を務めたことになる。書記長を約20年務めた後、昭和61年12月から平成元年5月までは、公明党委員長に就いた。その後は、公明党常任顧問となり、平成5年に政界を引退した。思えば「無名の一青年」をここまで引き立てて下さったのは池田名誉会長である。このご恩は深い。

 

こう読んでくると、矢野絢也は、池田大作子飼いの子分であることがよくわかる。その子分が、一人前のクチきいて、池田創価学会に逆らうような行動をしたら、気に入らないだろう。

 

平成元年、委員長の座からすべり落ちるとき、代議士として、委員長として発言力が強くなり、池田大作が口からクビを言い渡すは憚られたが、明電工疑惑で同党の議員が検察に上げられて、それまで手が出せなかったが、それを機に取り巻きの進言で矢野は委員長からおろされた。

 

Ishi その次の委員長が石田幸四郎である。彼の兄の次郎氏が創価学会三代目会長候補のトップであったが、池田大作がその次郎氏を追い落として会長の座に着いた。それを知っている幸四郎は池田大作にべったりの姿勢を示している。このあたりが、集団の位置関係が興味深い。それを見ると、今後執行部は池田私兵執行部になる可能性がある。これは公明党批判して除名された大橋敏雄代議士の弁である。(平成元年5月朝日新聞)

 

Photo 1988年5月に大橋敏雄代議士は、現職公明党国会議員ながら、『文藝春秋』において池田大作への宣戦布告とする文章を発表。

 これは、池田大作による公明党と創価学会への影響力を批判した。ここまで堂々と池田大作会長と創価学会を批判する議員は内部からは出ていなかった。
 それに対して、
公明党は大橋の批判文章を正面から取り上げることは避けた上で、かなり前の不明瞭な政治献金と女性問題を理由に大橋を除名とした。
ウィキペディア 大橋敏雄 nozawa22: 大橋敏雄代議士 池田大作に造反

 

02 まあ、揺籃期の創価学会は、当時の会員は正義感に燃え、正しいことをやっていたとの思いがあるだろう。
 それが、今、矢野氏がいう
寄付集めが暴走しているようだ。また脱会者への嫌がらせ、機関紙などでの悪口雑言…、一口で言えば『やり過ぎ、行き過ぎ…、それも非常識で反社会的なことが目立つ。
 行き過ぎた創価学会を糾すことが、学会、特に学会員の皆さんに対する私の恩返しだという気持ちがある。」

 とにかく、二番手に接近されたら蹴落とす、それがトップに立ち続けるコツだと言うのはセオリーであるが、宗教団体が「池田帝国」になってしまったことが、問題である。個人商店の気分が名誉会長の周辺にまだまだ残っているのかもしれない。巨大組織を運営するには、同族経営陣が一度全員抜けないかぎり、世界規模の経営にならない。

矢野元委員長がその責めを負わなくてはならないポイントが4つあると考えています。それは、
①.
明電工事件をはじめとする数々の犯罪疑惑、
②.議員としての本分をはき違えた
蓄財行為
③.多くの国民を惑わせた「
政教一致発言」、
④.
支持者の信頼を裏切った忘恩の生き方の4点です

ほっとメールひたち(井出よしひろ)から引用
 誠実に答えているが、創価学会の公式見解だ。矢野氏の人権と表現、言論の自由を奪った点について、一般の市民の立場からすると違和感がある。

寄付集めが暴走しているようだ。また脱会者への嫌がらせ、機関紙などでの悪口雑言…、一口で言えば『やり過ぎ、行き過ぎ…、それも非常識で反社会的なこと』 
 これらを糺すのが、オールド創価学会会員の務めだと主張して、矢野絢也は訴訟に踏み切った。
 その創価学会の実態を国会の場でさらされたら、イメージが地に落ちてしまう。矢野絢也証人喚問を避けるには国会の長期化阻止に走っている。 下の記事は、創価学会指令で、国民新党を抱き込もうとしている。
Photo_2

桜金造 なぜ都知事選へ立候補?  
紹介「池田大作なき後の創価学会」 
公明党の責任 
宗教が政治活動をしては違反だ 
池田大作の公明党支配に怒る除名議員 
石井一参院議員 創価学会党に噛み付く 
創価学会員告発の大反響 
長井秀和 フィリピンで美人局被害   
顕正会VS創価学会 近親相争う 
大橋敏雄代議士 池田大作に造反 
池田大作喚問を狙う民主党 
矢野絢也、創価学会を訴える 週刊新潮 
週刊朝日の公明党よ!目をさませ 
自殺対策に取り組む僧侶の会

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コメント

大橋敏雄代議士は、現職公明党国会議員ながら、『文藝春秋』において「池田大作への宣戦布告」とする文章を発表。これは池田大作による公明党と創価学会への影響力を批判した。堂々と池田大作会長と創価学会を批判。
 それに対して、公明党は、かなり前の不明瞭な政治献金と女性問題を理由に大橋を除名とした。

投稿: 大橋敏雄 | 2013年1月 2日 (水) 00時16分

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