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2008年9月26日 (金)

昭和23年日本風景 米兵の8ミリ映画

2232005 親日アメリカ人が撮った8ミリ映画を「情報ステーション」で発掘して紹介していた。米兵はマッカーサーが004 日々谷の第一生命ビルにGHQにいた頃、彼は日本語翻訳の仕事でGHQに勤務していた。米兵ウイリアム・パーカー21歳、彼女ベティ・パーカー20歳。日本人は写真も撮れないビンボウな時代に、コダックの8ミリ、カラーで撮っている。少々ぼやけてはいる。

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2253 昭和23年頃の日本は、戦争の被害が癒えてきたころだが、日本人と彼らとの経済格差が歴然。アメリカ文化にまだまだ馴染んでいない日本人がそこにいる。ウイリアム・パーカー氏夫妻が招待されて日本人の家へ行く。純粋な日本文化の中で過ごすと、こんなちゃぶ台で火鉢が横にあり、家族そろって食事をする景

色。

0006子供が綿菓子を買って食べているが、この後には買ってもらえない貧しい子がたくさんいた。 彼らパーカーとベティ、日本の家へ入るときは、靴を脱ぐのだと聞いていたので、家へ入る前、道路で靴を脱いで家へ入ろうとした、というエピソードを語っていた。この二人は親日家で日本文化が好きだったのだというのがよくわかる。

003 彼らは赤坂の山の上ホテルがGHQ職員の宿舎だった。最初から、日本の貧しい生活とは無縁の生活をしていた。戦争に勝ったのだから、それが当たり前であるが、その当時は、日本人は何を食っていたか、知っていますか。

昭和21年ころ、中央区に下宿して新宿の東京医大へ通っていた兄は、街中の雑炊屋で立ち食いをした、と田舎の家へ帰ってきたとき話していた。立ち食い屋が町にあり、進駐軍の残飯を買い集めて、大釜に水を足して煮て、どんぶりに入れて食わせるのだという。大抵は箸を立てるとどんぶりの中で倒れてしまう。ごはんが多い日は箸が立った!と喜んだと、学生だった兄は弟達に東京の話を語っていた。

焼け野原一杯の新宿、銀座を見た話を聞いた。田舎から、「東京」って想像も付かないから東京はあっち・・・従兄弟のマーちゃんは、両耳をつかまれて持ち上げるのだった。

001002003 日本が独立して、GHQもなくなってしまったが、日本びいきのウイリアム、ベティの夫妻は日本で就職して60年を過ごした。子供はアメリカに住んでいる。ようやく、この年になって、日本を離れていくのだと仲間からパーティを開いてもらっていた。親日家の帰米は、寂しそうだ。

彼らの人生は日本の戦後をずーっと一緒に歩んだ歴史でもある。なんか、若かった彼らと今の彼らを見て、60年の歳月を痛感する。

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