西邑仁平さん103歳 たまげた根性だ
滋賀県長浜市で戦争に関する貴重な一次資料が、発見された。それは、旧大郷村役場で昭和5年から終戦まで兵事係をしていた西邑仁平さん(にしむら・にへい 103歳)が、役場から密かに持ち帰り、自宅に保存していた。
資料は徴兵事務「兵事ニ関スル書類」、召集令状の交付記録など1000点。日本各地の市町村にもあったはずの兵事資料はほとんどが敗戦直後、軍部の命令で焼却処分され、残っている例は大変珍しい。
(本日記事の出典は、Web上で調べました)
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この資料から、国家が国民をいかに掌握し、戦場へ送り込だ経緯がわかる。徴兵書類(人相体格、思想信条、収入、特技など)徹底的に個人情報が把握されている。これらの情報をもとに、各連隊司令部では召集令状「赤紙」を作った。
西邑仁平さんは、兵事係として、徴兵検査事務から赤紙の配達、兵士の引率、死亡告知から村葬に至るまで切り盛りしていた。
西邑仁平さんは公開に際し、こう語っている。「大東亜戦争終結後、軍部や警察からの『兵事に関する書類等の全てを24時間以内に焼却せよ』との命令に違反して独断で自宅に持ち帰り、隠し通した大量の書類等の処理には気掛かりでなりませんでした。……余り重要ではない雑文書のみ役場裏で焼却し『全部を焼却した』と虎姫警察署へ報告を致し、重要文書等はその夜のうちに役場のリヤカーに積み込み、自宅に持ち帰った次第です。
戦後62年、本当に長い年月でした。今、公開できることになり、晴れ晴れとした気持ちにやっとなれました。有難うございました」
西邑さんは「戦没者らを思うと、記録の焼却はまったく合点がいかず、虎姫警察署にウソを告げ、重要書類を夜、リヤカーに積んで自宅に持ち帰った。戦争がいかにばかげた行為であるかを知る証として残してきた。正しい歴史認識をもってもらう一助になればと思い公開を決めた」と、展示の心境を語っている。
兵事係の書類が見つかったのは全国で十六例あり、うち、同係が軍、警察命令に逆らって保存した例は四例。西邑さんの保存書類は量の多さで突出しているという。
それだけ珍しいということは、軍部に従って全部焼却処分していた日本国民は、よくいえば一致団結していたことだ。悪く言えば、批判しない盲従していたということだ。
西邑さんは明治37年に大郷村に生まれた。その後、大正11年に18歳で同村の役場に入り、昭和5年から終戦まで兵事係(召集業務)を務めた。当時、全国の役場にこの係があったわけだがその仕事は多岐に渡った。
(1)徴兵検査事務、(2)応召事務、(3)軍隊入営者の引率、(4)大郷村出身軍人の慰問、(5)戦地へ赴任通過兵の見送り、(6)戦死者の遺族への告知、(7)戦死者の遺骨受理や村葬の実施、(8)諸団体の事務局、(9)戦後処理
ちょうど日本が戦争に明け暮れた15年間(昭和5年から20年)が、西邑さんの青年壮年期でもあった。もちろん日本の天皇崇拝、教育に染まっていただろうが、役場という体制側にいても自分で考える力を持っていた。だからこそ、営々と書き続けた書類は村人の生き死にの記録、それを焼却せよという軍命令に対して、これはおかしい、と考えた。国民の命にたして生殺与奪の権利を持っていた彼らのやり方の証拠として残してやれ、と思ったとしても不思議ではない。しかし、コレは兵事係をした使命と思ったのだろう。敗戦の異常な雰囲気だからできたのだろう。
西邑さんは、この仕事をおおむね一人で任され、かなりの重圧を感じていたという。展示内容は(1)から(9)までの書類やそれにまつわるモノ、写真。他にもスパイから身を隠すための極秘召集指示書や軍人を宿泊させるための地図(各家の畳数で宿泊人数を決定)、また他国に比べ日本がいかに軍艦が少ないかを表示したグラフ。そして、当時の新聞や雑誌、レコードや紙風船など。どれも汚れやシミが目立たず、60数年間過ぎたにも関わらず、非常に保存がいい。
自宅にはまだまだ多くの書類や資料が保存されており、実は、リヤカーで運んだのも2回だった。西邑さんが多数の資料を守り続けたのは「戦死した村人(300名)や戦争に翻弄された村人の生きた証を捨てたくはなかった」から。また「一瞬でしたが『勝っている』、『勝っている』と国民を騙し続けてきた軍部への反抗心が頭をもたげた」とも語っている。そして、「如何に戦争は馬鹿げた行為だということを皆様に知っていただく証として」。
会場には息子さんが時々顔を出され、来館者の質問に答えている。息子さんによれば仁平さんは未だに当時の一番つらかったことを夢にみるという。「戦争」とともに生き、重い責任を背負った過去は到底忘れられるものではなく話すこともできない。多くの資料は23年前に亡くなった奥様にも言わず一人で抱え込んできた。初めて話したのが息子さんであり、伝えたのは去年。個人が保存していた兵事記録の公開は全国でも珍しい。
※展示品は西邑さんが兵事係をされた日中戦争から終戦までの資料の他に、大郷村役場に残されていた明治初期からの戦時資料も含まれる。
浅井歴史民俗資料館の「終戦記念展」には毎年多くの来館者がある。身近なところから見つかった様々な過去に老若男女が感動と涙をにじませる。色々な見方、解釈があり、反感をかう恐れもある。戦争記録の展示は非常に難しい。
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コメント
昨日、あるところから、この資料に関したドラマを、制作するので、私の家の、前をかしてほしいといらいが、ありました。
投稿: | 2009年6月 3日 (水) 22時06分