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2008年8月 7日 (木)

赤塚不二夫 弔辞森田一義

Img_0529会場のどこかであぐらいあいて、先生は
タモリ、弔辞で会場の人を笑わせてみろ!

といっているかもしてない。と言いつつ、よく見ると弔辞の紙には何も書いてない。弁慶の勧進帳みたいなことをタモリはやっている。

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Middle_1207593270 それに感謝してはいても、お礼を言ったことがない。言えば他人行儀になると思って言っていなかった。赤塚不二夫もそう思っているんだと他人から聞いていると。親子の関係というか、身内のような意識があったと語る。
あなたにはお世話になりながら一言もお礼を言ったことがない。しかし、今お礼を言いたい。お世話になりました。ありがとうございました。」
弔辞の最後に「
私もあなたの数多くの作品の一つです」と弔辞で述べ、、「合掌、森田一義」と結んだが、最後は声が小さくなり、涙ぐんでいた。
弔辞 ( ノーカット版 )
http://youtu.be/EEbcF__-jSo ★

http://jp.youtube.com/watch?v=yxFBBQwUScE

Img_0547_2Img_0546_2 以下引用 タモリの芸は奥成達から「密室芸」と命名された。漫画家の赤塚不二夫は、「この男を博多に帰してはいけない」と引き留め、自らの家に居候させた。バーでの一件の直後、赤塚不二夫自身が出演する生放送にそのまま連れて行って同様のパフォーマンスを演じさせたところ、黒柳徹子からその夜のうちに照会があったそうで、彼女の感性の鋭さに感心したと赤塚不二夫がコメントしている。 タモリの居候生活は、住居は家賃17万円で4LDKのマンションであり、車はベンツが乗り放題、

8899501赤塚からは月に20万円の小遣いが渡されるというものだった。赤塚本人は下落合の仕事場のロッカーを倒し、布団を敷いて寝ていた。赤塚以外ではこんな関係は成り立たなかっただろう、とタモリも認め、大恩人だと語っている。ちなみに赤塚は自書の漫画で、「これだけ一緒に暮らしているんだから愛し合うことも出来るんじゃないか」と、2人で同性愛に挑戦して抱き合ったが、全く興奮せず、何もなかったと描いており、タモリも同様の趣旨の発言をしているウイッキペディア引用

Tky200808070162赤塚 不二夫
(あかつか ふじお、1935年9月14日 - 2008年8月2日):日本の漫画家。
『天才バカボン』『おそ松くん』などのギャグ漫画で知られている。本名は赤塚 藤雄(あかつか ふじお)。
血液型A型。出生地は満州国(現・中華人民共和国)、戸籍上は新潟県出身

Akatukafujio2 1935年、満州国熱河省に生まれる。「バカボンのパパ」のモデルであり[1]憲兵であった父親は第二次世界大戦終戦直前にソビエト軍に連行されてしまい、残された家族は1946年に母の故郷の奈良県大和郡山市に引き揚げる。1948年に、奈良市内の書店で手塚治虫の『ロストワールド』に出会い、漫画の執筆に没頭。12歳で『ダイヤモンド島』というSF巨編を書き上げ、大阪の三春書房という出版社へ最初の持ち込みを行う[2]。1949年、父親が帰国。父の故郷の新潟県に移り中学校を卒業後、市内の看板屋に2年間就職。同時に「漫画少年」への投稿も始める。

Img_0535 博多へ帰すな、といってタモリを自宅に留めて、そのまま自分のやっているラジオ番組に連れて行って、芸をやらせたら、人気で、それを聞いた黒柳徹子が電話を掛けてきたなんぞ、破天荒の世界へ一気に入ってきた。普通のサラリーマンや公務員には出来ない動きだ。

07111601赤塚不二夫の描く漫画は、おそまつくんや「シェー」というポーズは、PTAや先生たちには目の敵にされていた。赤塚不二夫のときわ荘で漫画仲間が集まっていたときから、1日10個ギャクを作るのが日課だったとか、普通三つ、四つはできるだろうが、毎日考えていくのは、相当本気で挑戦していたことがわかる。

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森田一義「弔辞」

http://youtu.be/0ZYooSZVW-M

 弔辞 タモリがここまでビッグになって、年間収入を数億になる稼ぎ手になり、有名にしてくれたのは、赤塚不二夫がタモリの面白さを発見して押し出してくれたからだ。その恩義をタモリ自身が痛感していることだろう。

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コメント

森田一義「弔辞」
http://youtu.be/0ZYooSZVW-M ★★

投稿: 森田一義 | 2012年6月16日 (土) 00時23分

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