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2008年8月13日 (水)

ちばてつや満州体験語る ちい散歩

0777Img_0821ちい散歩テレビ朝日が、「昭和の風景を求めて」の副題をつけて、いままでのタダ歩いて、あたりの風景を鑑賞したり、店に入っていくのとは趣が変わって、ちばてつやに終戦の体験を語らせていた。 ちばてつや賞

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0789_20791 ちばてつや、昭和20年6歳で奉天(現瀋陽)で終戦を迎えた。その時から急激に日本人の立場がガラっと変わってしまう強烈な体験を語っていた。大威張りしていた日本人は、敵地の中に取り残された弱者になったから、食うに困る生活に変わってしまった悲しさは、体験した人でないと伝わらないかもしれない。(日本政府は一般人の帰国を制限しようとして、「現地の秩序は保たれているから、現地に留まるように」という指示を出している。)

脱北の北朝鮮人が日本大使館へ逃げ込んだのに、中国公安に引き渡した事件(ハンミちゃん事件)のあった場所、それが瀋陽=奉天である。 事件概要 中国・瀋陽市内の日本総領事館に男女5人からなる「キム・ハンミ家族」が駆け込む。中国の武装警察官が敷地内に立ち入り、連行。副領事が瀋陽市、遼寧省に抗議、5人の身柄の引き波しを求める。中国側は拒否

0791 日本兵が消えれば、日本が作った理想の国であった満州国が、ものの見事になくなった。中国東北部の人々から収奪した上に出来た国、その正体が見えたとき、日本人のいる場所がどこにもないと気がつく、そんな構図である。支えてくれる日本軍も満州という地もない。そうなると、日本へ帰るしかない。しかし、帰る交通手段がない。そこへ、満州人の襲撃や食料不足、寒さが押し寄せパニックに・・・

08010802 パニックに拍車をかけたのは、うわさである。テレビもラジオもないし、情報はうわさのみで、日本へ帰っても、奴隷にされてしま う。女も男も、とても子供を育てられないという。現状、着のみ着のままでかろうじて逃げてきている状態に噂が日本人を苦しめた。

0818ちばてつやも母について、中国人の家へ物々交換にいって、時計を渡して米を分けてもらうように母が持ちかけても、「子供をほしい」といわれたが、母はきっぱり断ったそうだが、日本でそだてるのが難しいなら・・・、子供を食糧のあるこの家へ置いてきたほうがいいかもしれない。ちばてつやは、二回もそう言われたという。

0794 引き上げの道々、野たれ死んだ日本人を数多く見た。死にそうな人も多くいた。NHKの番組である人は、母が死に幼子がそばで泣いていたのを見ても、どうしようもなく、見捨てて来たことを60数年過ぎた今も悔やんで自分を責めている女の人が語っていた。そんなシーンを見た。

0800その逃避行も、先頭に銃を持った男性がいる隊はまだいいが、女子や老人子供だけの隊は惨めである。その点、ちばてつやは恵まれたかもしれない。逃避行の途中で親しい中国人に出会って、自宅の屋根裏部屋にかくまってもらえた。そこで半年過ごした。

日本人をかくまっていることがバレたら、中国人から迫害される。かくまってくれた家の人々に迷惑をかけてはいけないと、ひっそりと大声をあげない生活を続けた。てつやは、男ばかりの4人の兄弟で長男だった。彼は、おかあさんの代りに、絵を描いて、お話をして弟たちが退屈しないようにしていた。

0805 馬を描いて、それに翼をつけたペガサスの物語を自分なりに語ってきかせたら、弟達は、「次はどうなるの、それで・・・」と興味を持ってくれて、半年の隠れ家は、創作の意欲がでた場所であった。中国の子供達が外で遊んでいるのに、外へ出られなくて辛かった時代であった。

終戦から11ヶ月め、ようやく帰国の船に乗ることがようやくでき、日本へ帰ってきた。父母は引き上げの苦労で体が弱くなり、病気がちで、なんとか父母を助け、弟達に食べるものを食べさせ、学校へ行かせたいという一念があった。日本へ来て始めて漫画を知り、貸本屋を知った。

0813 (貸本屋へ卸す)漫画出版社の社長に漫画を見てもらって、「キャラクターが可愛い」といわれ「試しに20枚描いてごらん」と言われて、学校へ行きながら一週間で描いて持って行った。それが17歳で出した最初の本である。昭和31年である。そこで始めてお金をもらった。12,351円(当時の大卒初任給8,700円)「本当にもらえるですか!」と、ちばてつやは叫んだそうだ。

0782 それから後の活躍は、ご存知のとおりである。年配の方は、漫画は見ないから知らないかもしれないが、昭和30年40年代の『ハリスの旋風かぜ』「あしたのジョー」は大ヒット、掲載した「週刊少年マガジン」は、これで大儲けしたはずだ。

満州引き上げ 満州引上げはどう行われたか   我が子を手にかけ 満州引揚げ  国家間駆引きの結果、日本人引き揚げ 加藤登紀子 遠い祖国 後満州引き揚げ 故郷への道  満州からの引き揚げ 1  引揚げはこうして実現した。葫蘆ころ島  nozawa22: ちばてつや満州体験語る ちい散歩

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コメント

少年マガジンです

投稿: | 2008年8月14日 (木) 21時54分

ご忠告 ありがとう。ハリスの旋風 少年マガジンでした。訂正しました。

投稿: 野沢 | 2008年8月15日 (金) 05時55分

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