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2008年8月27日 (水)

尾崎行雄と福澤諭吉

Photo_303_4 尾崎 行雄(戸籍上は1959年安政6年旧暦11月20日) - 1954年10月6日)は、日本の政治家。号は咢堂(がくどう)。現・神奈川県相模原市津久井町又野生まれ。称号は衆議院名誉議員、東京都名誉都民。「憲政の神様」、「議会政治の父」と呼ばれる。

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1874年(明治7年)に弟と共に上京し慶應義塾童児局に入学するが、塾長の福沢諭吉に反抗して退学、1876年(明治9年)に工学寮(のち帝国大学工部大学、現・東京大学工学部)に再入学する。(ウィキペディア参照)

03 尾崎行雄が福澤諭吉とかかわりが深いとは思わないが、佐高信が慶応卒の強みで二人の関係を書いている。慶応に尾崎行雄が弟と一緒に明治7年に入学して明治9年に塾長の福澤諭吉に反抗して退学するまで、短い間在学した。それが事実である。

尾崎行雄が退学後、東大工学部を出てから新潟新報日報の主筆となって赴任する前に福澤に挨拶に出かけたら、福澤諭吉は「お前さんは、誰に読ませるつもりで著述なんかするんかい?」と例の調子で聞いた。そのとき、毛抜きで鼻毛を抜いていたという事実かよくわからんことを佐高は書いている。そんな態度で聞く福澤に尾崎行雄はカチンと来る。「世間の識者に見せるためです

すると、「バカものめ!「猿に見せるつもりで書け」オレはいつでも、猿に見せるともりで書いている。世の中はそれでちょうどいいのだ」と尾崎を叱りつけた。言い方がありそうなものだが、独立独歩の歩き方の福澤諭吉は、言いたい放題だったらしい。

Omuramasujiro村田蔵六(大村益次郎) 村田蔵六(大村益次郎)の後をついで福澤諭吉は、適塾(大阪の蘭学塾)の塾頭をしていた。適塾には全国からオランダ語を学びたい学生が集まっていた。医師の緒方洪庵がオランダ語の手ほどきをしていた。ある程度できると、あとは自学自習の形で進歩するという形の塾であった。適塾にあるオランダ語の辞書がわずかしかないので、必死に勉強しないとチャンスがない。夏はクーラーも扇風機のないから、ふんどしで勉強するのは同然だった。

この福澤諭吉は秀才であるが、言い方が横柄で、自信満々であったので、村田蔵六は福澤諭吉と親しく付き合わなかった。諭吉の方も、決して蔵六に先輩と親しくしようとはしなかった。適塾の先輩後輩は、お互いの個性的な者同士だったから、反発があきらかだった。

主な門下生
石阪惟寛(陸軍軍医総監)
大鳥圭介(蝦夷共和国の陸軍奉行)
大村益次郎(「村田良庵」)1846年(弘化3年)入門。
佐野常民(日本赤十字社初代総裁)
高松凌雲(箱館戦争の際の病院長)
武田斐三郎 /手塚良仙(手塚治虫の曽祖父) /長与専斎 /橋本左内 /福沢諭吉(慶應義塾大学を創設)1855年(安政2年)入門。

当時の文章はことさら難解な表現をして教養を示す風潮があったのを福澤諭吉は嫌って、平明に書くように勧めた。そうならそういえば、尾崎行雄も納得しただろうが、そんな言い方をするから、威張った言い方をする福澤なんか知らん、という気分で帰っていった。しかし、そんな態度の裏で新潟の有力者に「尾崎をよろしく」と手紙を書いている。

Photo_2 明治23年に第1回総選挙で三重県から尾崎行雄は立候補して当選した。1919票中1772票を獲得して当選した。(小島実記『硬派の男』)によると、こんどはほめてくれるだらうと思って、福澤邸に訪れた。福澤諭吉は、「おめでとう」の一言もなくサラサラと書き記した紙を尾崎に渡した。左の文章、手厳しい文言を書いてある。こんな師に鍛えられていたkらこそ、議員として節を曲げないで、反戦、反軍の思想を貫くことができたのだろう。

03_3 戦後の民主主義の時代からの視点で見ているので、憲政の神様とかいうことが当然であるように尾崎行雄を評価できるが、実際当時の風潮をまともに身に受けて生きているとき、どれほどの迫害を受けたのか、想像がちょっとできにくい。今なら、さしずめ創価学会の迫害で評論家活動を止められた元公明党委員長に似たような心境だったのだろう。

それでも、節を曲げないでやり抜き、非翼賛会系の無所属で 当選した。

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