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2008年7月25日 (金)

官僚国家の崩壊 中川秀直

Ss400_ 中川秀直 経歴
41年 3月 慶応義塾大学法学部  卒業 4月 日本経済新聞社入社
48年 4月 政治部キャップを経て退社

7年ほど日経新聞に勤めたのち、新自由クラブから立候補して当選したが、次の選挙で落選、それからが議員としての活躍が始まる。

ようやく、復活してきた印象があるが、女性問題でミソつけて、官房長官を辞任。それからは、巨体を小さくして過ごしていたような印象だったが、最近クローズアップしてきた。党人派の代表の印象である。

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Photo_2 官房長官、町村信孝  上げ潮政策を主張して、官僚系といわれる現官房長官、町村信孝氏と対立している。東大を出て、在学中は民主青年同盟系の東大民主化行動委員会で活動したが、卒業と同時に通産省へ。変身の効く人物だから、自分の立場に沿って頭のいい行動をする、とチラっと私には、思える。中川秀直さんは、スキがあって、右翼との付き合いをすっぱ抜かれ、女性を囲っていると書かれ、クソミソにいわれたが、この町村さんは涼しいスキのない顔でいつもいるように見える。官僚OBの顔つきだ。

Photo_3 実力者河野一郎 党人派といえば、昔は河野一郎(洋平の父、太郎のお祖父さん)で、日ソ交渉へ行く飛行機の中で、鳩山一郎首相が懸命に下調べしているのに、河野一郎はグウグウ寝ていたとか。啖呵切って文句をいう強さはあった。党人派と言われるとそういうイメージがある。アイデア豊富な人で、50年前に既に電線を地中化を提唱して、そこには電気、ガス、電話、今なら光ケーブルの共同溝を考えていた。彼は首相になれそうで成れなかったから、実行できなかったが、実行していたら、世界のトップを走る情報立国に日本を導いていただろう。250pxichiro_nakagawa_2c19820623 

暴れん坊中川一郎 党人派では、中川昭一の父、北海道のヒグマといわれた中川一郎氏(青嵐会の幹事)は、鈴木宗男を秘書に使っていた。彼が中川一郎を自殺に追い詰めてといううわさが未だに消えない。死後に息子の昭一氏と宗男さんの確執が取りざたされている。逆らったりして、あんまり暴れると、角栄さんは、池の鯉を示して「干上げるぞ」といったそうだ。

Top 党人派としては、「僚国家の崩壊」を書いて、中川秀直の存在感をしめした。党人派のボスが最近いなくて、完了形の官僚ばかりが目だrつ。党人派の国会議員はアイデイアが豊富な人が多い。官僚になる人は、全般に勉強家だけど、型にはまり過ぎて新鮮なアイディアが欠如して、上から目線のひとばかり。自分の出世とか、身の安全を優先しているタイプが多い。

01 僚国家の崩壊目次  中川秀直さん、新聞記者として現場に飛び込んで見識を広めて、なおかつニュースソースに近づく臭覚がある。文章のポイントも逃していない。あまり知りすぎて、書けない部分もあるようで、具体的な描写が欠ける。政策的な発想でかいているのだから、しょうがないにしても、もっと切り込んだ政敵の話が書けていたら、ベストセラーになっただろう。

「空気の支配」を衝いているのは、彼ならではの発想だ。普通の官僚なら、空気の中に安住することを目標にして、現在の既成秩序を重んじるだろう。彼は明治政府が出来たときからの官尊民卑、この東大閥、官僚安泰、そういう秩序が代々伝わっている組織を切っている点、現在の日本が置かれている今を知っているのかな、と思った。

新潮社発行の写真週刊誌「フォーカス」(休刊)は2000年10-11月、疑惑の記事とともに中川秀直氏が右翼〔日本青年社/住吉会〕の大物〔滑川裕二〕と一緒に写っている写真や、女性が中川氏の自宅で犬を抱いている写真などを掲載した。中川秀直官房長官の薬物疑惑 など、書かれてしまうようでは、まだまだスキがある。00008_2

国家予算の1割貯蓄から日本再建  ホットマネー石油へ流入大暴れ・  自民党は、自分の支持者を苦しめている  暫定道路特定課税の期限切れ  新銀行東京と石原慎太郎 頭の中  国民はケージの中のニワトリか  自民党の老練さに民主党テンテコ舞い  石井一参院議員 創価学会党に噛み付く  福田さんの政策、拉致、北朝鮮問題  自殺もありうる 安倍首相のダメージ 舛添要一 身体検査「噂の下半身」

 福田康夫の油断に麻生の逆襲が  政権を放り出した非政治的理由  安倍首相の辞任!政治的自殺   YouTube動画 熱い熱い選挙報道  暫定道路特定課税の期限切れ  池田大作喚問を狙う民主党   お笑いハリセンボン箕輪と松島みどり  渡辺善美行革大臣の涙  防衛汚職喚問に自民、公明出席拒否  官僚国家の崩壊 中川秀直

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コメント

実録 野沢家の風雪八十年をよ見ました。

私は伊藤幸子(旧姓柘植)の長男で、現在豊橋に住んでいます。
偶然この自序伝を見つけ面白く読ませていただきました。
中津川に住んでいる母に、この話をしたところ、是非見せてくれと言っています、仙太郎の写真も見たいと言っているので、プリントして送るつもりです。
けれど原作と事実が一部違っているところがあり、一言いいたい事があるようです? 言っても聞きませんので其のときはよろしくお願いいたします。
よろしくぅ(^o^)/

投稿: 伊藤建夫 | 2008年7月25日 (金) 21時21分

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