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2008年5月28日 (水)

平岩弓枝 御宿かわせみ 感じるもの

01 江戸時代のいつだろう、雑司が谷の野原が薄の原で秋、夕暮れに人生のはかなさを描写しているが、読者を納得させてしまううまさに舌をまく。

御宿かわせみの中へ「お吉はいるか」と年配の男が入ってきて、当然のような顔で上がってくる。お吉という仲居さんは「あんな人知らない」という。同姓の人間違いであるとわかったが、男の氏名、住所を聞くと「思い出せない」という。

懸崖けんがい 盆栽で鉢より下に下がっている茎や枝ぶりをいう。懸崖の手入れしている番頭の嘉助の横を客が通る。種物たねもの注文する 汁そば、汁うどんのうち具の入っているもの。盆の窪ぼんのくぼを押さえて・・・ごく普通に使われている言葉だが、辞書を引かないとわかりにくいが、江戸時代を感じさせる単語かもしれない。

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御宿かわせみの世界 (引用)「かわせみ」とは、大川端(今の隅田川)に建つ旅館、まあ江戸時代のホテルといったところです。
 庄司
るいは、元同心の娘だが、思うところがあって武家を捨て「かわせみ」を開業した。建物はもともとあったものを買い取り、少々手をいれてそのまま使っている。中庭には四季の花々が咲き乱れている。同心:30俵2人扶持の下級武士が、2~3名の岡っ引きを 使い治安維持にあたる。武士は公務員(司法、立法、行政の担当者)

 番頭の嘉助はるいの父から手札を貰っていた凄腕の岡っ引き。お吉は親の代から庄司家に仕えていた奉公人。二人ともるいがかわせみを開業するときに一緒についてきた。今ではかわせみになくてはならない二人である。
 かわせみの部屋数は全部で11部屋。それぞれに名前がついている。東吾るいが夫婦になってからは、離れを改装して二人の新居とした。

Photo平岩弓枝 - Wikipedia (ひらいわ ゆみえ、1932年3月15日 - )は日本の女性脚本家、小説家。
東京府豊多摩郡代々幡町(現・東京都渋谷区代々木)の代々木八幡神社の一人娘として生まれる。1955年日本女子大学国文科卒業後、戸川幸夫に師事、その後長谷川伸主宰の新鷹会に入会。テレビドラマや演劇の脚本を書くかたわら、小説も次々と発表している。

男は身なりは卑しいわけではない。遠方から来たわけではないが、足袋はかなり汚れている。風呂へ入れている間に、調べてみると、10両を持っている。1両20万円とすると、200万円持っている。

近所の老人で所在不明のものはいないか、調べて回ってもいない。かわせみを開く前の不動産を所有していた家に行って聞いてみると、そこは蝋燭屋の主人の妾さんの住まいであった。今はそこは代が変わってしまったが、囲っていた旦那は亡くなってしまったが、ボケ始まった本妻が何度も押しかけて・・・云々のいわくがあったが、関係なかった。

次に、その昔、材木の半田屋の隠居所だったという話を聞き込んで、その持ち主だった人を文京区音羽町へ行こうということになった。中央区の八丁堀から文京区まで行くのだから、十キロはある。

半田屋の主人和兵衛さんは、明樽問屋やっていたが、そこの店の女中に手をつけて大川端に別宅を持たせた。しかし今は、女房も死に、妾も女も死んでいない。今は商売はやめて、音羽町に家作を何軒も持って暮らしているという。その和兵衛さんが15日も前から行方不明だ、とわかってきっと和兵衛さんに違いない、と息子たちが騒ぎだす。

探し訪ねて行った男達は、雑司が谷の薄の原に夕暮れていく空を見て、和兵衛さんの心を察して、見渡すかぎり灰色の、それは美しい秋の景色だった。「和兵衛さんはこの寂しさに耐えられなくなったのかもしれませんね」

人生の終末を迎えている男の孤独、妻も妾もいなくなって、男は孤独であった。「男も、女も、年をとるってのは、おっかないもんだな」浅く、白い夕日が空の片すみに、ぼんやりかかっている。

江戸時代の情景なんて、本当は誰も知らないんだが、平岩弓枝の筆にかかると、情景が見てきたようになってしまう。考えてみたら、東京も。人口が今の十分の一程度で電車も車もなく田んぼと荒地で囲まれていた。

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