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2008年5月 3日 (土)

日本ブラジル友好100年

9492明治以降、ずーっと日本は娘を売らなければ一家が食っていけないような貧しさを経験してきている。二二六事件にしても、満州を楽天地として進出したのも、朝鮮を植民地としたのも、すべて貧しさからの脱出を考えたからだ。それを抜きにしては、考えられない。政府の考えは、富国強兵を旗印にして、西欧に習って植民地経営をしたいと思っていた。

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9491日本人を減らしたいという政府の発案で、ブラジルへ渡る政策を打ち出したのである。ブラジルへ笠戸丸で第一陣が大挙して出かけた。棄民政策とも呼ばれている。その当時は、ハワイへ移住もそうだ。最下層の労働者として、白人に奴隷並に使われて、悔しい思いをしたと聞いている。とにかく銭を稼いで日本に錦の御旗を掲げで凱旋したいという気持ちだったと聞く。

9494多くの外国人が、日本へ働きにきているが、故国にお金を送って、生活を立てようとしているのと、まったく同じ構造である。日本で働いて得たお金を故国に送ると、中国では20倍の価値になる。ネパールなどでは50倍になる。円高になれれば、尚価値が上がって、ウハウハ。、

9493日本人がブラジルへ渡ったその当時、少なくとも5倍にはなっていただろう。低賃金でも日本に送ると価値が上がると思い、勤勉に働いた。農業が一番大きな産業だったから、勤勉という価値観が最もたいせつん信念であった。働けば、必ず大地と太陽は報いてくれる、そういう考え方、しっかり根付いていた。日本人の成功者の多くは、基本的には、身を粉にして働いていた。

_9500全員が全員成功するわけではない。まあ、率でいえば、2割から1割に人が成功していると考えていい。脱サラでも同じで、ある。人に使われているのに耐えられないという理由だけで自立して自営業になっても、そうは甘くはない。会社の看板を背負っていることで、自分が生かされていることに気づかない場合が案外多い。

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