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2008年4月29日 (火)

薬師寺管主 高田好胤を思いだす

02_3 薬師寺の管主にかつて高田好胤という人がいた。この人は、修学旅行に奈良薬師寺を訪れる中学生や高校生にユーモアたっぷりの講話を聞かせた。

中学生の時、1955年、修学旅行で薬師寺へ寄ったんだけど、高田好胤はまだ有名になっていなかったので、説明する人の一人にしか認識していなかった。

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ウイッキペデイアの解説によると、修学旅行で話を聞いた女子高生と文通を数年続けて、1954年に結婚して、薬師寺で始めての妻帯僧侶になった。 会ったことのある方に聞くと、奥さん稚子わかこさんは、物事を積極的にする人で、奥にかしこまっているタイプではないとのことだ。夫高田好胤には男子がいないので、今は、薬師寺から出て、娘と暮らしている。娘は文筆家である。

541wr0高田管主は、幼くして父を失い、母の縁で薬師寺へ預けられた。当時の管主であった橋本凝胤は厳しかった。好胤が10歳の時、師匠は40歳で、勉強中に居眠りなどしようもんなら、ビシっとひっぱたかれた。怖くて怖くて、仕方がなかった。それは後年述べている。

薬師寺の宗派はどこにも書いてない。仏教が始めて日本に入ってきたときは、「仏教」というだけで十分。浄土真宗であろうと、日蓮宗であろうと、禅宗の臨済宗であろうと、分派で分裂して競うことは、信徒にとっては不要である。

創価学会、立正佼成会という、新興宗教となると、普段の布教と日常生活に何か人生の指針を教えているが、檀家という形の信徒は、葬式と盆の読経にしか縁がない。ここに新興宗教に付け込まれる。

普段の生活に人生の指針を指し示す活動をどこの寺も、檀家組織とは別に寺、仏教にはファンを集める工夫が、高田好胤の説教にはそれがあった。今なら、ひろちさやのような、わかりやすさが売りだった。相撲部屋ファンを組織化したいと貴乃花がたにまち組織とは別に考えたように。精神世界における権威を保っていけば、仏教の復権がある。江戸時代の葬式仏教に貶められて、その影響がずっと続いてしまっている。

明治政府の神道復権で廃仏毀釈で、仏教はコロッとダメになったが、日本人の思想の底流にあるのは仏教思想だろう。農耕+仏教が基本になっているはず。「晴耕雨読」「お天道様が見ている」などの言葉は、日本人の基本思想だ。この上に仏教が乗っかって形成されている。

この仏教への回帰が、日本人の生き方を指し示しているように思う。

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