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2008年4月22日 (火)

満州引き上げは 負の世界遺産

00004 満州からの引き上げからの悲惨さは、多くの人が語ったり、記録を出しているが、筆舌に尽くし難い。それでも、お母さんの背中で生きのびて、日本で暮らしている人が、お母さんの記録を日の目を見るようにとしていた。

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その人の母は、三人の娘を満州の地で亡くして、引き上げの途中で見てきたことを記録していた。残念なことに、そのページがHIMLの状態になって、読める文章ではないので、手を加えてみた。「11.doc」をダウンロード 

桂木斯を出て部落の人達に逸れず敦化(スイカ)と云う日本軍の飛行場に辿りつきました、飛行場と云っても木製の飛行機が10機程あるだけの頼りないものでした。百万石の部落を出て1週間以上経ってようやく引揚者が集団でいる所に着いたようでした。
<母の手記から・・・悲惨な逃避でついに一つの命が消えました。>
 敦化(スイカ)には1000人あまりの避難民の集団でした、私達と同じ開拓団の人達も多くいて、いろいろな話を聞かされました、子供を山において来たと云う人、川を渡るのに子供を川辺において「お母さん お母さん」と泣きながら立っていた子供の声が耳から離れないと言って、
人のようになって泣いている奥さん、子供が息をひきとるといって泣いている家族もいました。
 
この敦化(スイカ)では子供の多くがお腹を壊し次々と亡くなっていきました、そんな中で三女の才の八重子もお腹を悪くして亡くなりました。

00003現代の更級日記」そんなジョークをいえるシーンはないが、生存のギリギリを生き抜くために、持っているものは、なるべく少なく、子どもを山中に置き去りにしたり、川岸に残して去る母、子供の叫び声が耳から離れないと、泣き続ける母親の姿を書き残している。

 戦争すれば、各地にそういうことが起こる。
 今体験しようにも出来ない話だが、川の増水で丸太が渡されて上をこわごわ無事渡った話とか、娘を3人もあっけなく失って、一人の男の子を背負って逃避してくるのは、鬼になってかえってきたことだろう。

 表記の上では、個人の記録だから、客観状勢が正確に書かれていないので、一体どの辺の、一ごろの話がろうか、考えてもわからない部分も多い。しかし、死を目の前にして歩いた事実であることは、間違いない。
 多くの悲劇は100年も経てば、消えてしまう。いつまでも、忘れないようにと思ってもさっぱり消えてしまう。忘れるのは、日本人民族の特徴ようだ。「水に流す」のが美徳でもあるが。忘れてはいけないこともある。

NHK満州引き上げの放送がある。参考

0715004011サンフランシスコの中華街を歩いていたら、写真のようなショーウインドウがあった。
 盧溝橋事変から70年近くなっても、日本を糾弾するメッセージを店頭に掲げる店主がいる。きっと中国人だろうが、このしつこさは見習うべきだ。
 
個人の悲劇としてではなく、それを人類の悲劇として、人間が考えて解決するべき課題として、「満州からの悲劇の引き上げ」は、小学生から中学生が学んでおくべき歴史的なテーマだと思う。
 日本人外交官がユダヤ人へビザ発給も美談ではあるが、それ以上に満州で起こったことは、人類の負の文化財だ。
00008

樺太の真岡電話局 最後の放送
満州引き上げは 負の世界遺産 
戦後満州引き揚げ 故郷への道
反省すべきは反省し、改めるべきは改め・  
牡丹江へ突入した避難列車の悲劇
社会保険庁の愚、旧日本軍の愚   

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コメント

日本の敗戦による民間人の引き上げの実態は
よく知らない。

その悲惨は想像できるのだけれど
見聞きする機会はほとんどありません。

投稿: | 2008年5月 2日 (金) 22時54分

日本の中学生、高校生の日本史授業で、日本が戦争に負け、満州から引き上げてきた過程を勉強する機会は極めて少ないでしょう。どうしても、自分で本で読んだりしない限り、知ることはできない。

 なせ日本人が満州に入植していたか、ソ連軍が不可侵条約を破って侵攻して来た事情など、受験勉強の対象になっているだろうか。まして、ソ連が満州南下してきたとき、先頭にいたのは、主に囚人部隊だった。日本が優秀な人間を組織した軍隊だったのとは、だいぶ文化が違う。そのソ連の思考には注意したいもである。

 この身を切られるような日本人の引揚げ体験については、血の出るような体験記を書いている人は案外多いのです。個々の体験ですか全体を把握できるわけでない。ただ、素人の文章だから、読みにくい物が多いのは事実です。

 なぜか、日本は過去を振り返って、歴史を参照して前に進むという考え方が希薄なのか、残念に思う。こんなに貴重な体験を日本人がしているのに、これらから学んでいないのは、大きな損失であると思う。

投稿: 歴史に学ぶ | 2008年5月 3日 (土) 00時47分

個人の悲劇としてではなく、それを人類の悲劇として、人間が考えて解決するべき課題として、「満州からの悲劇の引き上げ」は、小学生から中学生が学んでおくべき歴史的なテーマだと思う。日本人外交官がユダヤ人へビザ発給も美談ではあるが、それ以上に満州で起こったことは、人類の負の文化財だ。

投稿: 人類 負の遺産 | 2012年8月27日 (月) 14時43分

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