夫ある女の恋 時実新子の世界
「有夫恋」川柳の世界で、えもいわれぬ人間の営みを描いた点で、秀逸である。夫があろうと、妻があろうと、自分の内側に燃え立つ炎ほむらは、通り一遍の倫理感で消せない。
彼女のフィクションか、実体験か、私は知らないが、その激しさにやや感動した。理屈で閉じ込めてしまうことで、人間は生活の平穏を保っているが、それでいいのか。
世界を征服したり、一躍名を上げて、注目される事業、研究で満足する、そんな Dream Come True もあるかもしれないが、「有夫恋」に身をやつすのもアリ、だろう。家庭、社会、年齢など、あらゆる枷から解き放されて生きたいのは、誰にでもあるさ。それを、多くの人は耐えている。
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時実新子(ときざね・しんこ)本名 大野恵美子
1929年 岡山市生まれ
1945年 岡山県立西大寺高女卒
1946年 姫路市へ嫁ぐ(17才)
1947年 長女誕生(18才)
1951年 長男誕生(22才)
1985年 夫死亡
1987年 曽我碌郎と結婚(58才)
2007年 死去(78才)
彼女の作り出した世界、あえて「彼女の作り出した世界」というが、「狂」と呼ばれてもいい、そんな世界を持ちたい気持ちは、多くの少年、少女、青年なら持つ。壮年、老人でも、消えていない。
本のおびに「妻をころして ゆらりゆらりと 訪ね来よ」と女の情念がこめられている。これが川柳かと、私は思った。川柳は「笑い」と限定する人が多い中、時実新子は、異端を行くといわれていたが、あえて内面をさらす与謝の晶子と比較された。ここまで自分の心を見せて、これでもか、という印象がある。
十年以上前に発行されたばかりのころ読んで、いいなと思う句に付箋をつけておいたものがあった。
真夜中の女のいのち水欲しや
今があるのみいちどきに花降れよ
投身の鏡に揺れるマリア
斬っても斬っても女のくらがり
ふたたびの男女となりぬ春の泥
生涯胸を去らざるものに黒揚羽
☆抱かれたくなる 不意打ちのロック
☆象が膝折る 涙が湧いてくる
☆愛はそのとき物乞いに似たるかな
☆波の宿 別れてあげることにする
☆まして女の中を流れた十年よ
☆飛行機の昇る角度は恋に似る
☆飛行機の降りる角度は愛に似る
☆青梅を叩き落として夫婦かな
☆しずかに別れたかったけれど砂塵
☆火の女とて昼の戸を閉ざされる
☆獣姦求む急いで森の奥へ来よ
☆獣姦輪姦強姦この身まだ美し
☆男を脱ぐ青のしたたる朝なりし
☆きりきりと女極道月影踏む
☆梨の芯かなしいせっくすがおわる
☆人を信じた舟を一艘焼き尽くす
☆さくら咲く一人ころして一人産む
☆相愛の五月 血の音聴き給え
☆結び目の三十年の瘤の垢
☆血の中に今百匹のキリギリス
☆わが日々はサーカスもどき梅もどき
☆膝がしら涙受けんと生まれしか
☆裂ける雷(らい)ただひたむきの裸身たり
☆墓の下の男の下に眠りたや
☆鬼と暮らして鬼のふんどし洗いおり
☆ころしてよ頸に冷たい手を巻いてよ
☆こおろぎの顔つくづくと四十すぎ
☆菜の花の風はつめたし有夫恋
☆暖冬にうまく女を捨てましょう
☆よその男と命の芯をみつめ合う
☆指で梳く髪あしたからまたひとり
☆秋の日はつるべ落としよ重ね婚
☆離婚前王手王手の詰将棋
☆カザノヴァに逢いたや指の反るほどに
☆ビール缶ぺこんと暮らし荒れてゆく
☆じゃんけんの好きな男の妻になる
☆愛果てて蟻百匹と眠るかな
☆別れたらチロリン村へ行くつもり
俳句、短歌に馴染みのない人にも、すーっと溶け込んで読める。この読みやすさはなんだろう。本心、フィクションであっても、伝えたい言霊が宿っているような、言葉に命がある。ここに読みたくなるものがあるのだろう。
感想は読者各自のもの、私があえてこういう感想を持てとは言わないが、かなりインパクトの強い川柳である。何か覚醒されたようなエネルギーを感じる世界である。
、「英雄、色を好む」とは、あまりにも直裁過ぎるが、色恋を関心ないのはエネルギーが貧弱かもしれない。セックスのエネルギーがベースにあるのは事実であるだろう。それをどう表現するか、それをじっくり燃やす炎はこうして文学になる。
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