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2008年2月19日 (火)

もうケンカはすみましたか 毛沢東

 「一日一銭、紙くずひろい、○○人は、あわれなもんじゃ」
 こんな囃しことばが、戦時中には、子供の中で平気で使われていた。
 岐阜県の田舎にさえ朝鮮人がいた。貧しい異民族○○人がいるのは、不思議だったが、これを使う子供には、朝鮮人が強制的に日本に連行されてきたなんて知らないから、平気で異民族を侮辱していた。それが普通であるという認識だった。

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 戦前は、大和民族と言って、自信をもっていたし、異民族がいるものはいるのだから、一つの景色であった。江戸時代、士農工商の下の階級をエタと称する埒外階級を作り、四民の下の階級でも、プライドを持たせる支配者の工夫だと聞いた。それを昭和になっても、引きずっていたのだろうか。○○人=朝鮮人

 「チャンコロ」と中国人を蔑視していた。これも、日清戦争から、日本人は中国人をバカにし始めた。それまで中国は日本の師匠であった。その後も、「眠れる獅子」と中国を畏れていた。一方では「張子のトラ」ともいった。今でも、大概、多くの日本人は自分の判断ではものを考えないで、風潮で判断する。

 どこの国も同じかもしれないが。たとえば、(中国製の)食品に異物が入っていれば、全て中国製品をボイコットするような勢いになる。もちろん、一つ一つを精査判断はできないかもしれないが、自分の目を頼りに判断したい。

 かつて、昭和40年頃「紅茶きのこ」が体にいいと言われて、紅茶の中にくらげ状の物体を飼って、それを飲むと健康によいといわれたときがあった。それを○○保育園の先生に貰ったが、その後、半年以上は紅茶を注いで飼っていた。

  あるときは、(千葉県)船橋で取れたアサリにはヘドロの公害があると市場で嫌われていた時期があった。それも風評被害であった。その後、カイワレがよくないと言う時期があったり、何かというと、一斉に嫌う、ボイコット状態になる。これって、どうなんだろう。

北海道牛乳が回収した牛乳をまた販売して大騒動になり、会社は倒産して、牛乳名を変えた。赤い容器の「赤牛乳」になって、質のいい牛乳を生産しているが「おいしい牛乳」に負けている。質は同じでも勝てない。今いい味の牛乳は「赤牛乳」と「おいしい牛乳」だろう。搾りたての牛乳は、独特な匂いと味がする。

田舎(岐阜県中津川市)にいるとき、子供時代、三菱電機工場のまん前に牛舎があった。戦前から昭和30年代まで、乳牛を飼っていた。二十頭はいたと思う。そこで買う牛乳はコクがあるというか、市販の牛乳とは違う水臭さはなかった。味がよかった。母から母乳が出なかったので、買いに出かけた。西宮神社からだから、およそ1000メートルある。あのうまい牛乳の味が原体験だ。ま、横道に入ってしまったが、本道に戻す。

 中国語教室へ通っていたとき、先生に「中国語」そのものより、「中国と中国人の背景」を知りたいと質問した。「過去の中国人を日本人がどう扱ったか、現在それをどう思っているか」中国人蔑視について、ついでに質問した。

すると、仲間の先輩、日本人が「聞くな」と制する。中国女先生に失礼だと思っているようだった。日本人は聞かないで、うわべを繕っているようで、不自然だと思う。私の質問は、単に好奇心だっただろうか。

 あえて(過去蔑視問題を)聞かないという心理、これはかつての中国蔑視の裏返し、隠蔽体質だと感じた。日本が行った日本軍の行為を、私は同調するわけがない。それを人間として理解して行こうというのに、先輩男性はあえて触れないように避けさせようとした。それも一つの見識かもしれないが、私は、そこを触れることで理解が本当に深まると信じている。それはタブーのままでは、本当の理解にならないと思う。

上から押さえられた気分で、戦争体験者でもない先輩日本人の態度が腑に落ちなかった。先輩生徒は、うわべでは友好的で、中国語先生を持ち上げて、「先生、先生」と、ちやほやしているのに、今一歩他人行儀で繕っている。日本人全体の外交姿勢かな、とも思ったが。私が自分の判断を押し通せない何か力が、先輩、前例のようなものが、空気のようにそこに横たわっている、と思った。

 この先輩は、中国語以外、古文書を読む勉強会にも行っているし、弓道のようなスポーツもやっている。その旺盛な知識欲、感心するのだが、先輩として後輩に、古い硬直した見方で制する点では、昔タイプの人のようだ。よく「体育会系」と自称する人がいるが、あれはこのことか。他人の意見に耳を傾けない人のこと?仲間になれば情に包まれた関係になるが、異分子ははじく、そういうアレがある。冒頭の○○人を軽蔑したのは、「異分子」を嫌う日本人の行動だろうか。

Mao_zedong 一皮剥いて、中国人と日本人が中国でどんな残虐行為をしたか、あるいは「チャンコロ」と呼んだ時代が日本にはあった。中国じゃどんなだったか、お互いに意見を交換して、「今の中国、ここはいいが、これは問題だ」と、尖閣列島で海中油田掘削にまで話が行けば、ケンカになっても、本当の友好が可能になる。そう簡単に収まらないかも。

A29c82f5  1972年の日中共同声明がまとまったあと、毛沢東が、田中角栄に言った言葉がある。
「もう(周恩来と)ケンカはすみましたか」と言ったのは、それを指すと思っている。
 ケンカして腹の底まで見せて理解しあうことが、一番大事であるというわけだ。とことんやりあうことが、日本人は苦手だ。中途で「まあまあ」と妥協する和を大事にする国だから、その影響だろうか。

日中関係を考える 日清戦争で日本人の意識が変わった  戦後満州引き揚げ 故郷への道 怨みに徳をもって報いる 以怨報徳  温家宝 氷をとかす旅 裏の狙い  国のない民族 クルド、チベットなど 中国簡体と日本略字からアジア連合 中国外交使節150名アメリカへ乗り込む 東アジア共同体は 夢のまた夢か  孝経 身体髪膚 毀傷せざるは、孝の始め 下水溝油!再生食用油で出回る 中国の反日運動へ断固おとなの対応  今一番モメている中国のやり方  反日暴動デモの本音、反日でない?! 中国へ日本企業の進出、問題点

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毛沢東が、田中角栄に言った言葉がある、「もう(周恩来と)ケンカはすみましたか」と言ったのは、それを指すと思っている。ケンカして腹のそこを見せて理解しあうことが、一番大事であるというわけだ。とことんやりあうことが、日本人は苦手だ。中途で「まあまあ」と妥協する和を大事にする国だから

投稿: 毛沢東 | 2011年7月14日 (木) 06時47分

毛沢東が、田中角栄に言った言葉がある、「もう(周恩来と)ケンカはすみましたか」と言ったのは、それを指すと思っている。ケンカして腹のそこを見せて理解しあうことが、一番大事であるというわけだ。とことんやりあうことが、日本人は苦手だ。中途で「まあまあ」と妥協する和を大事にする国だから
| 2011年7月14日 (木) 06時47分

投稿: 投稿毛沢東 | 2012年8月20日 (月) 09時02分

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