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2008年1月 2日 (水)

さだまさしの紅白あとNHK深夜番組

Kif_8079 紅白歌合戦のあと、「ゆく年くる年」で、いよいよ年が明けた「年越しそばだ」という感じで、おなかが空いていないのに、おそばを食う。そのあと、寝るようなパターンが、NHKも変えたようだ。さだまさしが3年、この企画をやっている。

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Kif_8077 さだまさし、映画「長江」をプロデュースして30億円の大赤字で、普通、再起不能になるよ。事実、さだ企画は倒産して立ち直れないような様子を聞かされていたが、彼、今の調子では、もう返済し終わった雰囲気だった。商才があるというか、祖父、祖母の代からヤマ気の多い家系だから、そのDNAが遺伝している。

Kif_8078深夜番組の進行は、左右にいる人に話しかけるような進行である。トーク番組も、アノ人、この人と考えれば難しくなるが、隣りに話相手さえいれば、気楽だ。その意味で、校正作家が合いの手を入れて、それにさだまさしが、ひねりを入れていけばいいわけだ。紅白歌合戦でNHKも思い切り経費をかけた番組のあと、まるでタダみたいな作り方をしている。

Kif_8075 彼は、ギターを弾きながら歌うから、作曲、編曲、作詞、演奏、歌手を全部やってしまうから、非常に合理的な活動であり、企業になっている。スタッフから楽器、大道具はバス一台に積み込んで、全国演奏活動をしている。

話もうまいから、3時間のコンサートで1時間はおしゃべりで盛り上げて、2時間が演奏だとか。話のコツは、原型が落語にある。彼自身、落語家になろうとしたか、そのへんは定かではないが、落語をたくさん聞いて身についていることは確か。上げたり、落としたりは落語の間、そのものである。人生は明るく、歌は暗く」がモットーだそうだ。

さだ まさし(本名・佐田雅志、1952年4月10日 - )
Kif_8080 佐田家は元々島根県三隅町(現浜田市)の大地主の家系で、その次男坊だった祖父・繁治は中国大陸で諜報活動に従事したのち商工省の大臣秘書官を務めた。その繁治と結婚した祖母エンもまたロシアのウラジオストックで料亭を営んでいた日本人女性、異色の存在である。
 父・雅人は第二次世界大戦後、長崎出身の戦友と復員し、そのまま長崎に住み着いた。その後、戦友の妹喜代子と結婚し、雅志・繁理・玲子の三人の子をもうけている。
、父・雅人は材木商を営み、自宅は庭に小山があるような豪邸だったという。3歳よりヴァイオリンを習い始め、毎日学生音楽コンクール西部地区大会で入賞するが、父の事業は失敗し、一家は豪邸から小さな長屋住まいとなる。

Kif_8082 小学校卒業後、ヴァイオリン修行のため単身上京。以後、葛飾区や千葉県市川市で一人暮らしを続ける。(中川中学卒)國學院高等学校に入学。以来ヴァイオリンへの熱意を失う。高校・大学と落語研究会に所属し、ユニークな才能はいかんなく発揮。ちなみに落研当時の高座名は「飛行亭つい楽」。

國學院大學法学部中退後、数々のアルバイトをしながらの生活を送るも、やがて肝炎を患い、長崎に帰郷。1972年、高校時代からの友人とバンド「グレープ」を結成し音楽活動を開始。やがて音楽プロデューサー川又明博によってスカウトされ、1973年には『雪の朝』でワーナー・パイオニアより全国デビューした。

Kif_8087 1974年、『精霊流し』を発表する。まだ無名で当初の売り上げは芳しくないものだった。しかし、ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』の中で、蟹江篤子アナウンサーが担当曜日で毎週のように流し続け、これが放送エリアの名古屋地区のみならず、全国的なヒットとなった。この年の日本レコード大賞作詞賞受賞。

1975年11月にリリースした『無縁坂』もヒット。
1976年11月、『線香花火』でソロ活動を始める。
1977年にシングル『雨やどり』がオリコンシングルチャート1位となる。
1978年10月、個人レーベル「フリーフライト」設立。1979年1月、同レーベルから初のシングル『天までとどけ』をリリース。
1979年には『関白宣言』が150万枚を超える大ヒットとなった。他にも『案山子』、『道化師のソネット』、『天までとどけ』、『防人の詩』、『親父の一番長い日』、『驛舎』など、数々のヒット曲を放つ。

人生は明るく、歌は暗く」がモットーだそうだ。有名人の歌手とも親交があって友だちからもたくさんハガキが来る。はがきしか受け付けないと堂々というとこなど、永六輔のお株を奪った。永六輔が出なくなってしまった。時代が代わったというかね。

060313 一枚目、アンジェラ アキさんのハガキを取り上げた。彼女の顔を思い出せないので、検索して掲載する。彼女、前回紅白に出て、DJオズマの裸衣装の後に出て、会場が大騒ぎになったのはご存知?そのあとに彼女アンジェラアキが出て、何事もなかったように歌いこなした点を、さだまさしが昨年の越年深夜NHKジョッキーで絶賛していた、という話を投稿したのだった。こういう話題は、人気商売をしている人は逃す手はないわな。しっかり、それをホローしてあげるのが、先輩は親切だ。

Kif_8083 父親が越年深夜NHKさだまさしを見ていて、彼女に「さだまさしがほめとった、と電話があったので、親孝行ができました。ありがとうごさいました。」ようく女さだまさしといわれ、彼女のコンサートは、ざっくばらんで、2時間コンサートに1時間もしゃべるからでしょうか。さだまさし「それはいかん!」とコメント。「音楽とトークのバランスをぜひ教えてください」1月30日、31日にコンサートがありますので、ぜひおいでください。たくさんの愛をこめて アンジェラ アキ」

紅白のリハーサル中に「いろんなことがあったけど、オメデトウ」とさだまさしが言うと、「サダさんにたくさん、私お話したいことがあります」といわれたそうだ。それがこういうことだったのでしたね。「おめでとうございます」

一般の投書にも食いつきを示す。

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