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2007年12月19日 (水)

ジョン万次郎 日本初の英語使い

Johnmanjiro ジョン万次郎高知県土佐清水市中浜の貧しい漁師のi家、次男に生まれた。14歳のとき、漁師の手伝いで、1841年(天保12年)、漁に出たあと遭難し、5日半漂流し、太平洋に浮かぶ無人島の鳥島トリシマに漂着した。その鳥島で143日間生活しているとき、アメリカの捕鯨船に助けられた。

その当時、漁師の子として生まれたら、漁師になるしかない。それが、アメリカへ渡ることで、万次郎の人生は、まるで変わってしまった。

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Kanrinmarutosashimizu 万次郎と共に鳥島へ漂着した漁師は四、五人いた。ハワイで他の漁師たちは下ろされたが、万次郎は船長のホィットフィールドに気に入られて、アメリカの船長の家に下宿して学校へ行くことになった。万次郎な他の船員とちがって若かったし、もの覚えも早かった。彼に期待を掛けていた。学校へ入ると、成績抜群で大学も出て、その後、測量の勉強もした。日本への帰国を望んで、お金を貯めて帰国を実現するが、鎖国の日本で随分、取調べられる。

01彼が日本社会で必要とされるまでには、数年の間があるが、その間に手作りの英語辞典を作っている。その後、日米の間に交渉しなければならないのに、英語に通じている者は全国探しても通訳のできる能力のあるのは万次郎しかいなかった。大学までアメリカで教育されていたから、ネイティブのレベルだ。

日本とアメリカの交渉では。通詞として重宝される。日米交渉が続いている間は万次郎は役人、武士待遇を受けているが、オランダ語のできるものはいたが、英語のできる万次郎に代わるものはいなかった。191031c

しかし、英語能力に嫉妬激しく、日米交渉のさ中、スパイだとされて通訳を下ろされこともあった。明治維新後、一体どこへ行ったのか、姿が見えない。不思議だ。今も有名であるが、その割には、万次郎に光が当っていた期間は短かった。

晩年にアメリカ時代の友人が訪ねてきたが、既に英語が話せなくなっていた。明治31年(1898年)、71歳で亡くなり、今は雑司ヶ谷霊園で眠る。

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