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2007年12月10日 (月)

怨みに徳をもって報いる 以怨報徳

Photo 20年前のスクラップには、戦争体験者の手記がまだまだ載っていた。その中には心打つ、体験がある。

戦争に負けて、日本軍はそれまで敵対し、見下げていた八路軍に情けを掛けられることを潔しとしない風潮があった。

中国の戦前を知っている人は、中国の街の不潔さ、知識のなさをあからさまに言っていた。飯を盛ると、そこに蝿が集まってきて、ご飯が真っ黒になってしまうから、蝿を追い払いながら食うのだとか、オシッコ、ウンコは、路地では当たり前、町中は不潔だと言っていた。

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Photo_2中国の日本軍本多勝一 創樹社 強姦記念に写真撮る日本兵が多かったとか 日本兵は、中国女性を強姦は当たり前、買い物は押し売りの反対の押し買いで、勝手に不当な例えば、今の値段なら100円渡して「買った」と、牛一頭持っていってしまう横暴が行われていた。中国人への尊敬の念はコレぽっちもない。旧日本軍はそんな接し方をしていた。と断言したら、「お前は日本人か!」と扶桑社(サンケイグループ)教科書派の方々から言われそうだが、実際、当時の日本人は中国人に侮蔑的な接し方をしていた人が多かった。

今は、その当時の実情を知っている人が少なくなっている。あえてその当時を少しでも聞いて知っている者としては、書き残しておかなければならないと思う。

058中国人の多くは、八路軍が何を目指していたか、それははっきりわからなかった。しかし、規律正しい接し方を見ると、ひょっとして日本軍の悪い部分は真似ていない、新しい思想か、そんな気がする。漢民族の偉大さかもしれない。

八路軍とは:陸軍中将、第59師団(衣部隊)の師団長藤田茂氏は、八路軍と戦った体験から次のように述べている。(季刊『中帰連』第16号):日本軍に昔から苦しめられてきた住民にとっては八路軍はまるで後光がさしている軍隊に見えるわけだ。

F2005070710231300000(八路軍は宿泊した)家を出てゆく時には、瓶に水を一杯くんで、全部掃除をし、塵ひとつ残さないようにして、昨晩の泊まり賃も置いてゆく、食物代もいくらいくらと精算してゆく、子供はいたわる、老人は大切にする。こんな規律のしっかりした軍隊を私は見たことがなかった。

日本軍が行けば、銃剣で住民を脅かして、米を出せ、麦を出せ、薪を出せ、出さぬと家に火をつける、女は強姦する、手がつけられない乱暴を働いた。当然その結果、八路軍さまさまになってしまう。

Kaigo10医療行為をして、不当の対価を要求したりはしなかった。これは別の本、日本の戦争犯罪人を裁く際にも現 れている。ある憲兵の記録(朝日文庫 元憲兵 土屋芳雄)では、こんなところがある。
中国政府は「担白(自白)するものには罪は軽く、拒否するものには罪が重い」という方針だった。 係官は、収容されている日本の元兵士たちを前に
君達は中国に侵略し何をしてきたか。反省したことがあるのか。憲兵隊の庭で拷問されて、どれだけの人が殺され、その苦しみ、恨み、家族の悲しみを考えたことがあったのか!」と涙まじりに訴えた。 始めて聞かされる告発にみな一様にシーンとした。

 食事の豊かさは、ソ連とは比べものにはならないのはもちろんのこと、髪が伸びれば床屋に行かせてもらえた。そういう温かい扱いに、土屋は壁が崩れるように罪の認識をするようになった。 土屋は意を決して、正確に自分の犯した罪を書き上げた。十枚程度の自白調書に書いたものを係官に提出した。中国側では土屋の罪状をすでに調べられていたが、それと比べ、「名前は一人が違うだけだ」と土屋の書いた人名がほとんど間違っていないことに係官は感心した。

Mashiko02 土屋が直接、間接に殺した人は三百二十九名、拷問にかけた数は千九百十七名、これだけの数の人間を十年程度の間に苦しめたわけだ。その後も、彼は自分の記憶していることを数カ月に渡って書き上げた。 当然、死刑が下されると思っていたが、「土屋芳雄、起訴猶予」であった。そして、釈放となった。「罪を憎んで人を憎まず」か。

4769825072 釈放と決まって、送別には中国政府から新品の洋服が支給された。引き上げ列車内では「ウソではないか」とお互いに語りあったほどだった。見送りの港には、多くの中国人が集まっていた。 その中には、最初の満州鉄道の列車の中で食事を運んでくれた車掌もいた。彼は車掌ではなく軍人だった。肩についていた階級章は大尉だった。土屋よりずっと上の階級にもかかわらず、捕虜の面倒をみてくれたのだった。日本の軍隊では考えられない行為だったから、土屋の印象に強く残っている。

Changkaisekjnk21八路軍ではなく、台湾へ逃れた国民党軍、蒋介石も、日本の戦中に行動に対して「以怨報徳 怨みに徳をもって報いる 」として賠償金を放棄した。これは普通できないよ。中国人は深い、とすっかり日本人は心を奪われた。それを中国人の深慮遠謀だとうがってみる向きもあるが、中国人がこんなに素晴らしい考えで接してくれるのだから、日本人は素直に受け取っていい、と私は思う。

中国人口は、日本の10倍の13億人の国だから、もちろん善意に溢れた人ばかりではない。ハートが通じる人は多くいるし、通じないこともある。

「日本人はこうだ」と一言でいうように、中国人を一言でいえない。日本だったら、東京を掌握すれば、日本の息の根を止められるが、中国は北京を抑えても、上海で新しい政府ができるだろうし、延安に地下組織ができるかもしれないし、長春に満州政府ができる。100の首をもっていると言われている。抑えどころがないのが中国かもしれないが、以怨報徳 怨みに徳をもって報いる この言葉が使えるだけでも、素晴らしい知恵のある国だ、と思っている。

中国語に堪能な甥は「中国へ転勤があるかもしれない」奥さん(甥の同級生)は「けど、(仕事で)中国人との商取引はイヤだ」という。ねちこくて、商習慣を守らないから、と。実に、中国人は千差万別である。商人は商人だし、学者は学者、政治家は政治家。日本の10倍専門化されている。だから、いろんな人と接し、中国人のいい面に接してくれたら一生涯の宝になる。ぜひ一緒に赴任してほしいと勧めた。

中国の缶詰を買ったとき、八宝菜だったが、缶を開けたら、実が溢れるほど詰まっていた。缶詰の中身なんかわからないから、7分程度入れているのが普通なのに、誠意をぎゅうぎゅうに詰めてあるような気がした。誤解かもしれないが、それって、単に偶然か、田舎モンのやることかもしれないが、中国人の優しさを感じた。

大人になるにしたがって、なかなか善意をまるごと信じられなくなるが、信頼を信頼で応える関係を不断に築きたいものである。現実と信じたいモノとの間にはギャップはあるだろうが。裏切るなよ、という前に自分がその誠意を以って報いたい。スレたり、ブレたりしないように。しかし、貫けるか、と自分に声を掛けているのである。

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コメント

久しぶりにnozawa兄のブログを読んだ。じつは今年も中国旅行に行った。日本軍の戦跡を見学したり、大学生や農民と交流して、日中友好を深めるのが目的だったが、世界遺産など観光に傾きつつあるような気がしている。
貴君の話と関連して、私が参加したツアーの責任者は、日本の空軍の兵士だった。幸か不幸か捕虜になったが、八路軍は空軍を持っていなかった。そこで日本の空軍の兵士たちに頼んで、ノウハウを教わり今ではミサイルを持つまでになっている。中国空軍創立何周年かの祝賀会が今年開かれ、彼も招かれたそうだ。ベトナム戦争で米軍の兵器を奪って戦ったベトナムに似ているな、と思った。

投稿: moriuchi | 2007年12月14日 (金) 19時41分

 国民党軍蒋介石は、日本の戦中に行動に対して「以怨報徳 怨みに徳をもって報いる以怨報徳」として賠償金を放棄した。
 これは普通できないよ。中国人は深い、とすっかり日本人は心を奪われた。それを中国人の深慮遠謀だとうがってみる向きもある。中国人がこんなに素晴らしい考えで接してくれるのだから、日本人は素直に受け取っていい、と私はすっかり中国3000年の知恵に惚れたが、蔣介石の歴史を見ると、ソ連に付いたり、米軍の援助をもらったり、日本軍についたり、戦況に寄って行動をみごとに変身するのが蔣介石である。従って「以怨報徳」も一呼吸置いて評価したい。

投稿: 以怨報徳 | 2014年1月15日 (水) 16時44分

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