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2007年11月28日 (水)

人はどれだけ食べたら満足するか

7270連休にホテルに泊まったときの話である。 人の胃袋は、限界があるだろう。これでもか、これでもか、と料理が出されて、サービスがサービスになっていない。これもあれも盛りだくさん料理が出された。「心づくし」とういうのとちょっと違っている気がした。病院の医師が患者に薬を押し付けているのに似ている。売り上げのための料理のような気がしてならない。

72727271ご馳走が次々と出た。戦後のひもじい時代を過ごした私には、出された食べ物を残すのには罪悪感がある。次から次、ドンドン食って、食って、胃袋は満杯になる。それでも、まだ残っている。料理が多すぎる。

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7273_2 ナベがコンロに掛けて煮物がある。釜飯もある。漬物もある。「ご飯をだべるときは、声掛けてください」とご飯は、お酒を飲んでしばらくしてからと決めているようだ。ギャル曽根のように、そんなに多く食べることはできない。一体何キロぐらいまでは胃にはいるんだろうか。がんばって食ったら、腹が痛くなった。

ホテルはわかっているんだろう。一度、何グラム食べたら胃袋が一杯になるか、調べてみたい。きっと茶碗に4杯食べたら、もうそれ以上は入らないだろう。大体がそれ以上サービスしても、サービスにはならない。ダイエットが時代の趨勢であるのに、ちょっと考えるサービスである。

31696671 トルストイに「人にはどれだけの土地がいるか」という小説がある。一日で行って帰ってこられる土地が与えられるというので、男は朝早く出かけて歩いて歩いて、一日たってあと少しで家に着く寸前で倒れてしまう。欲望は適度でなけいればいけない、という教訓だった。☆☆☆の店で何万円もするする料理は、人間のおごりではないか。

7267 アイラは、起きているときは元気に飛び回っていたが、食事の時はもう眠くて、途中で寝てしまい、殆ど食べていないで残してしまった。残ったものを明日食ことは、食中毒の心配で、ホテル側は一切翌日繰越はさせない。食べ物をムダにしている。ローマ時代の話で、トイレに駆け込んで、食べたものを戻して、次の宴会に出かけたというローマに貴族の気持ちがわかった。

7252昔、向田邦子の小説では、父親が料亭の残りを「折詰め」にして持って帰ってくる。サザエさんのお父さんもそんなシーンがありそうだ。一律に持ち帰り禁止、ちょっと味気ない。規制によって、人間が保護されているが、それって、人間の生存本能を弱めているような気がしてならない。食べる者の鼻、口舌で、これは食えるか、食えないか、各人の判断だし、責任だろう。

7260カイも食事時の時は寝ていたので、食べさせることができなかった。ホテルのオモテナシは、見る、食べる、入浴、睡眠、ゲームとか、その程度だろう。睡眠中にエアコンを入れて少し暑い感じに設定されていた。そんなに不満はないが、この食事サービスには、少し考える余地がある。

パートの勤務時間があるからか、布団を敷く、布団を片付ける時間を客の都合よりサービス供給側の都合で、業務には滞りないが、客は急かされている感じがした。これは、悪口ではなく、改善の余地がある。Tホテルさん。

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