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2007年10月11日 (木)

ノーベル賞カペッキ氏の貧困生活

Photo_4 ノーベル医学生理学賞は3人が同時に受賞したが、その筆頭に上げられている人、カペッキ教授、彼の人生は波乱にみちている。

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1 なにしろ、小学校には9歳になってから、はじめて、移住したアメリカで英語が理解できないで入ったといいう。

イタリア生まれの彼は孤児として路上生活をしていた。詩人であった母はイタリア空軍の将校と恋に落ちたが、結婚はしないで母と二人で生活をした。戦前ムッソリーニのファシズムに反対して、投獄された。

その後、戦争が終わり、母が釈放されたとき、カペッキは栄養失調で病院で死にかかっているほどだった。最悪な人生から、這い上がってきた。そんな印象のある人生である。

Photo_2 ノーベル医学生理学賞、ノーベル賞を受けた理由は、マウスの細胞の遺伝子を操作して特定病に実験できるマウスを作った。先人ができない研究をしたのだけは、わかるが、私には、それ以上は説明できない。研究というのは、99.99パーセントの失敗の上に見つかるようなものだから、相当の支えがないとできない。

3ninn 先人の研究は、しっかり把握して、その上に新しい研究をしていく。派手な部分が殆どないし、素人が口はさんでも、それは邪魔になるだけで、研究の難しさがある。うちに来る娘の旦那、クリスチャンも研究者として日本に来ているが、目に見える成果がなかなかでないが、朝5時ころ1人で起きてパソコンで何か原文を読んだり、地味なことをやっているのをチラっと見るが、医師の仕事を中断して、2年間で成果が出るか。難しい。

01 1億8000万円を3等分すると、1人6000万円か。研究者ではない、凡人にはノーベル賞の賞金に目が行ってしまうが、日本にも湯川秀樹以来、受賞絶えてなかったが、最近はまあまあだな。

湯川秀樹1949年、朝永振一郎1965年、江崎玲於奈1973年、福井謙一1981年、利根川進1983年、白川英樹2000年、野依良治2001年、小柴昌俊、田中耕一2002年理系の受賞は、業績がはっきりしているが、佐藤栄作のノーベル平和賞なんか、うさんくさい。推薦者の後押しがずいぶん左右するみたいだ。文学賞では川端康成1968年、大江健三郎1994年

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