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2007年10月 5日 (金)

引きこもり自助支援から学ぶ

Photo 引きこもり少年・青年の人数は、今や100万人を超したという統計がある。中絶が27万件、自殺が3万人、交通事故死が1万人、こういう数字を見ていると、日本が壊れていくようにさえ見える。

信愛学舎ホームカミングディ、永山盛信さんの講演を聞いた。彼は今「心理カウンセラー」として、引きこもりの青年の相手をしている。それ以前は、長く英語、英文学を中心に教えてきた。英文学から次のステップ、心理カウンセラーの分野へ踏み込んだ。彼の確実な歩みは、立派な講演となっていた。

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信愛学舎の仲間だった時期からずーっと知り合いだったが、卒業以来一度も会ったことがなかったが、変わらぬ友情溢れる年賀状を毎年頂いていた。

Kif_6037会った途端、手を握り、熱い友情を示してくれた。彼は昨日まで教科書の改訂問題のテレビで放映された大集会に参加してきた、という。沖縄宜野湾から熱い情熱が運ばれてきた。沖縄の教科書改定反対という沖縄の願い、熱意を胸に秘めて、すぐにでも噴出しそうな勢いを秘めていた。沖縄の気持ちが内地では伝わらないから、歯がゆい思いをしているのではないだろうか。

25永山さん、君の気持ち、沖縄の悲惨さも、十分わかっている。少なくとも、私は。そう伝えたいのだが、それはまた伝えにくいものだ。沖縄タイムスの「沖縄戦」の写真集も持っている。高さ10センチくらいの米軍の高射砲弾も持っている。私たちは、戦後の平和教育をしっかり受けた世代である。

Kif_6038永山さん、 沖縄地上戦のとき、幼児だっが、宜野湾から南に下った激戦地で終戦を迎えたが、そのとき学徒兵の士官に言われたそうだ。「米軍に降伏しても、虐待することはしないから」と降伏することを勧めてくれたので彼の家族は、賢明な学徒兵によって、命を永らえたと始めて聞いた。

その学徒兵にも「一緒に降伏しよう」とな永山さんたちは勧めたが、彼は「自分には兵としての任務がある」と爆弾を背負っていたから、多分戦車に突っ込んでいった、と永山さんは言っていた。

Kif_6039 話が逸れてしまったが、講師永山さんは、引きこもりの事例をいろいろ挙げて、それとどう向き合ってきたか、それを多く話した。講演の難しさは、それが事例を挙げても、相手がその話で満足するか、という点である。学会ではないのだし、ましてや引きこもり家庭の親でもない。そういう聴衆は何を聞きたがるのか、実にむずかしい。

講師や先生を長年やっている永山さん、さすが、上手に引きこもりをわかりやすく説明した。「引きこもり」と「そこから脱したときの気分」を実体験して見せてくれた。

Kif_6040「立ち上がってください」と聴衆を立たせて肩に力を入れて、クビを引き込むように緊張する」これが引きこもりの状態である、と永山さんは説明する。なんか息苦しい気分だけど、一生懸命な気分がわかった。

その状態から力を少しずつ抜いていく」ことで、普通の楽な気分になる。これが「ひきこもり」の改善過程である、と説明。実体験すると、なるほど、引きこもりはこんな気分か、と理解できる。こういう説明が、なるほど、わかりやすい。こうやって、みんなを引っ張っていくと講演会は成功する。

Kif_6042 この息苦しさから抜けるには、どうするか、何かかわるような気がする。力まない、力まない、このやり方がいいわけだ。気楽にさせるしかない。あまり「引きこもり」を抜け出そう、抜け出そうと意識すれば、意識するだけ、「引きこもり」に意識がいく。

二枚目のパンを食べたいのを我慢するには、意識のベクトルを別の方向へ変えるんだ、と永山先生は難しく言ったが、目先を変えてしまえば脳は忘れてしまう。「引きこもり」さんを改善する方法は、目先を変えて、彼のできること、興味のあることに熱中、集中することた。

正しいこと、やらなければならないこと、そこにはあえて触れない。父親と話せないなら、父親がいないほうがいい。母親が病気になって、「引きこもり」の子がその穴埋めをやることによって、その症状が改善されたという実例を聞いた。

「引きこもり」の子との付き合い方、永山先生、実に自由で相手の出方にあわせて受け止める。その相手を肯定する姿勢が伝わるから、何でも話してくれる。全ての親がそうできたら長年、長いと10年20年も、、「引きこもり」が一生そのままということもあるだろう。

高学歴の人生成功例の両親の下に生まれ育った子は、その成功体験から抜けられないから、子供はその犠牲になる。自分が育ってきた過程をそのままやれば、子育ての失敗はないものと、思い込んでいる場合がある。これは実例はなくても、子育てからしつけが押し付けになり、引きこもりを直す方には向かない。

息子、娘のキャッチャーになってやれば、それなりの成果が出る。本人の弱さもあるが、頑強にできた周りの壁をゆるくすることで、打開できる場合もある。子の性格に応じて、対処する、その程度のことしかいえない。

ここからは、私の体験。 実際「引きこもり」の子がいる家庭では、喫緊の課題であ甘いことは役立たない。某氏の家でも、大学に入るまで一年浪人していた時期、大いに荒れて壁をゲンコツで破った。相談を受けた家では息子が浪人二年目で、受験勉強がイヤにあNri,母親が勤めに出ると、朝から晩までテレビゲームそしているという。それで相談したいと電話があったが、本人は相談に来るはずもない。この話は、「誰にも言わないでください」と口止めされたが、誰にも言わないが、世の中、わからないが、昔座敷牢に閉じ込めたのも、こういう種類の人々かもしれない。

私の教えた子の中にも、不思議な少年というか、青年がいた。中学から高校卒業するまで一貫校だけだど、6年間一言も口を利かなかった子がいた。私が塾で預かったのは、高校卒業して二十歳ころ、半年くらいだったが、親は緘黙かんもく症を普通に話す子にしたかったが、彼としては受験して大学に入りたいという願いで塾に来たのだった。

これも「引きこもり」の一種かと思う。彼に話が通ずるように話しかけて、彼は筆談で答える形式を作ってしまった。緘黙かんもく症に筆談を許せば、話す必要がない。コレは失敗であった。勉強より話すことだと思ったので、つい勉強が疎かになって、彼の希望するレベルの勉強ではないと来なくなってしまった。

「どうしたの?」と両親の留守の間に電話をかけたら、本人が出て電話の受け答えをするんだった。えっ?君、話せない緘黙かんもく症ではないの?と言ってみると、電話なら話はできるという。不思議な話である。

永山先生にこういう事例を相談したりしてみれば、いろいろの意見が聞けただろうが、今回は貴重な体験を聞けただけでも、よかった。00008

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