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2007年10月15日 (月)

戦争の記憶が薄れるご時世 3

610201 ソ連兵が進駐してくるのは、満州と樺太だ。ソ連の正規兵は敵地が危険か、それを確かめるために、先に囚人兵を先に送りこむ。昔から、こういう手を使う。

だから、ソ連囚人兵はモノをのしがる。腕には日本人から腕時計を奪って、両腕に10個も20個も腕時計をして、刺青をしている兵が多かったという証言が多い。

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あと、女を欲しがり、日本人家庭で年頃の娘のいる家は戦々恐々としていた。地下室に娘はすぐ隠れるようにしていたり、女は丸坊主で顔に墨(炭)を塗ったり、衣服のウンコを擦りつけていたとか、聞いた。

樺太に終戦時いた家族は、各家にピストルが配られて、小学1年以上の男子は、ピストルを使えるように教えられた。

戦後は、満州では日本人の開拓地は、満州人の土地を強引に取り上げて日本人に分け与えていたので、普段から憎まれていたが、日本軍が勝っている間は大人しかったが、敗戦と決まってからは、集団で日本人部落を襲うようになった。だから、黒龍江省などの奥地にいた日本人は惨めだった。

持ち物を荷車に載せたり、して集団で、南下してきたが、ソ連軍の来るまえには、満州人の集団略奪にあって、家財は奪われ、子供を連れてはこられない現実があった。そんな中で、親しい、親切にしてくれたチャーシャンという知り合いに助けられた人も多い。

漫画家のチバテツヤ氏も、親が親切にしていた中国人徐集川さんにかくまわれて、中国人の服を着せられて、屋根裏部屋にしばらく住まわせてもらって、助かったという話は有名である。子供でも危険なことはわかっていて、その滞在中は一度も外にでなかったとか。日本語は使わなかったという。00008_2 

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