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2007年5月 6日 (日)

竹久夢二をめぐる女たち

Yumezi 大正のロマンを売る店として、竹久夢二の妻たまき(岸他万喜)が生活のために夢二の作品を商っていた。

最初の妻たまきは、母としてしっかりしていた。二番目の妻というか、同棲相手になったのは、17歳か18歳の笠井彦野。彼女は学生で夢二に絵を習うことから恋しあう。典型的に大正の女だったのか、胸を患い、数年で亡くなる。彦野23歳、夢二35歳

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Oyou_g01 お葉と夢二  竹久夢二について
 竹久夢二は、明治末から昭和初期にかけて活躍、一世を風靡した詩画人です。大正の歌麿とも言われているように、その作品には市井のくらしに根付いた喜びや悲しみが表わされ、一世紀に近い時を経た今も人々の心を魅了します。美人画はもちろん、子供画や晩年は日本の山河を多く主題としました。
 また、木版画の制作、楽譜や表紙装幀にも携わり、浴衣・半襟・手拭いなど日々の生活に用いるもののデザインにも情熱を注ぎ、日本のグラフィックデザイナーの先駆者として多くの素晴らしい作品を残しました。

Yumezi_1 彦乃と夢二 朝日新聞のBe版に紹介していたのは彦乃だった。はかなげで夢二モデルにはいいかもしれない。早くに亡くなって心に残る。子持ちの年の離れた男に夢中になっている娘を親父さんは反対するのは、当然。秘密の名前を使って、文通を続けていた。

うまく理屈をつけて、父親の所から出て夢二と同棲を始める。北陸の温泉地へ行く。湯涌温泉。その時期が二人にピーク。その期間は短かった。

  夢二さんはいつまでたっても好きな人だと思った。好きだというより離れられない人だと思った。自分はどんなにか幸福か知れない。(10月12日)彦乃日記から

Take_01翌年の夏、二人で別府温泉に旅行中に喀血して彦乃は父親が連れて帰る。それっきり、死に至る。再び二人は会えないで永久の別れとなる。これが夢二の印象を強くする。

彦乃を失ったのち、お葉と知合う。外見はモデルになるような美しさがあり、彦乃の代役になるが、性格は奔放で夢二は振り回される。

夢二を画Script家として見ると、素晴らしい作品を多く残して、大正時代の歌麿と呼ぶひとさえいるが、絵を知らない人、温泉宿の親父さんは「なよなよしい」男と見ている。身勝手をやって一生をすごしたんだ、ともいえる。

好きな女を妻にして、多くの女を・・・という男から見たやきもちも入って、毀誉褒貶の激しい人物でもある。

Take021大正時代に育った女性は、多くはこの女性像に憧れを持ったと思う。友人の母親が、体が弱く細身で浴衣をきて静かに大正琴を弾いている姿を見たとき、「夢二の絵から出たのか」と思ったほどだった。

そのお母さんも今、95歳を越え、先日躓いて転び大たい骨を骨折したと聞いた。もう大事にしないといけない歳になった

なんでも鑑定団 新発見 夢二の恋人

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コメント

最初の妻たまきは、母としてしっかりしていた。二番目の妻というか、同棲相手になったのは、17歳か18歳の笠井彦野。次がお葉、モデルだった女性、見た目は最高だが、夢二との間はあまりいいとはいえない。彼女は夢二と別れてのち、医師と結婚して、平穏な生涯をすごした。

投稿: たま彦葉 | 2011年6月11日 (土) 13時59分

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