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2007年5月29日 (火)

私だけでは、切りがない 止める?

190529 女子中学生がゴミを拾っていたら、おばさんが「そんなゴミ拾ってもきりがないから、やめなさい」と言った。この言葉「切りがないから、止めなさい」・・・止めておこうとする心理は、みんながもっていたら、どうなるんだろう。

一人が節約しても、しょうがない」と水を節約しなかったり、節電しなかったり、廃油を(私一人くらい)下水に捨ててもいいじゃないとか、地球を汚すことを平気でやっている。

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私一人投票しなくっても、政治が変わる変わるわけではない、と平然としている人も多い。若い人に恥ずかしい行動を案外しているものだ。

若い人の指摘は、鋭いし、古い人間が忘れていることだ。私も若いときは、地球に優しかった?いやいや、どんなことはない。雀は打ち落とそうとしたし、川にゴミを流していた。それを当然とした社会だったが、今はゴミを分別して片付ける社会になった。

しかし、環境については鋭い感覚になってきたが、政治では鈍い。緑機構の汚職と言われても、ピンと来ない人が多い。松岡農業水産相が自殺と聞いても、その死の特異性、自殺に興味が行ってしまう。死なら、岡田有紀子の自殺の方が注目がいく。多くの人は、政治の根幹で死に至るような事実に目を向かない。折角新聞代金を月に3800円とか払っていながら、殆ど読まないページが多いのは惜しい。

ある評論家が言っていたのだが、女性のすべての人が新聞を一日1時間しっかり読んだら、社会が変わる、と言っていた。そして、自分の支持しなければならない政党、立候補者を見つけて投票したら、劇的に社会は変わる。

知らないことによる平安、安定、コレが今社会を覆っている。自分の味方をする人は誰、平和を守るのは誰?このポイントで社会を自分で判断するのは至難であるが、すべきことは、学習することだ。

敵は百万といえど、我行かん!」という台詞、これが男の姿勢だった。自分の意思というのが、はっきり出ていた。今、人と違うことをやると、浮いちゃう。相手の異なったことが認められるか、これが度量だ。違うことへの理解、人間が他人に左右されない教養と分別がないと、判断できない。その教養は、学科の勉強とは違う。ゆとりのある学習しないと、身に付かない。

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