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2007年5月23日 (水)

八百長告発 北の湖の元愛人から

Yocyo_1  (この女性は宮城野親方と結婚の約束していたが、宮城野部屋の継承で、親方の娘に乗換えて、振ってしまった。そういう背景がある)宮城野親方は、間に入って、メッセンジャーの役目をした、そういう関係である。

愛人がいたという事実からして、人生の八百長だろう。こういうことがあって、相撲だけウソのない勝負しているとは、ちょっと信じられない。

心技体の格式を問う相撲の世界を言えばいうほど、ウサン臭い部分がにおうんだ。警察官の不祥事が目立つように、格式や伝統を言えばいうほど、相撲取りのズル、乱暴、イジメが目立つ。

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学校の先生を聖職だと強調すると、生身の先生が薄汚れた部分が目立つ。そういうことからすると、八百長がない、八百長がないと言いながら、愛人を囲っていた事実が出て、その愛人が録音していた中で、(北の湖らしき人)が語っているのを聞くと、ヤッパリな、と思ってしまう。

有名人や地位のある人は、身を正す姿勢を保つことが、その立場にある条件であってほしい。歌舞伎や落語で伝統のある家に生まれてきた人間には、その自覚をもって生きていってほしい。お金や地位があると誘惑も多いでしょうが、そこをその地位との交換で、律してほしい。

自分一人くらいは勝手なことをしてもいい、とは思ってもらいたくない。

しかし、煩悩は誰にでもある。そうは言っても、清く身を律するのは難しいが、「そうありたい」「そうしなければいけない」という黄金律だけは、みんなの心にあって、汚い心との葛藤、これが心にあってほしい。

では、「身清き者、この娼婦に石を投げよ」という山上の垂訓をイエスが群集に言う場面があるが、、「お前はどうだ?」と問われて大きい声で、相手非難できる者は99.9パーセントはいない。それが人間だろうが。

一宗派に所属した見解で相手を非難はしたくない。多数派の論理だけでは、解決のつくものではない。じっくり相手のよい点を吸収し、こちらの意見を述べる場もないし、習慣もない。このまま、言い放しの無責任さで大衆をいかに騙すか、それにすべてを掛けている様子が見える。

悲しい社会だが、コノ中で生きていくのが人生。座標軸を自分の中に持っていれば、迷う事はない。これを避け、コノ道を進むしかない。それもおもしろい。

「何かおもしろいことないか」と聞かれたら、「案外、自分の観察がおもしろい」と答えようかと思っている。00008_167

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