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2007年4月27日 (金)

自虐、自己開示、情報保護法の風潮

自虐、自己開示、情報保護法の風潮

まあ自伝、半生記などは、自己開示で自分の暴露で、気恥ずかしい面がある。文章を書くとなると、多少の気恥ずかしさと秘密の暴露をしなければならない。凡人には特別な経験は多くないから、自分の家庭とか生育過程の秘密を書いたりする。

これをいいことばかり書いても、それは真実味のない文章になってしまい、人への訴える力が弱まる。その障壁をこえるには、まず真実を自分が傷つきながらも乗り越えていく、この点で訴えるだろう。

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それを自虐といえば言える。私小説といった明治の文学がある。余りに生々しくて、興味は引いても、一時期の文学運動ではあったが、それが大きな文学の流れにはならなかった。

個人情報が悪用されるというが、結局その個人情報は大元が握っていて、管理している事実がある。大手の企業は情報を握ってそれで金の流れ、人の流れをコントロールしている。

しかし、今集合写真に個人名をつけてブログに掲載すると、それは個人が嫌がるというより、個人情報の開示になる・・・その理由から規制せざるをえないのか、疑問である。衣服を着て恥ずかしいことをしているわけでもない、たったその写真が個人情報の開示で「やめてくれ」というのは、窮屈にする。

セクハラか、愛情と感じるか・・・これが微妙なのと似ている。セクハラだと感じればセクハラだし、集合写真を掲載されたら、その個人情報(写真)の開示されたくない、と感じる人がいればそれは禁止になる。勝手に掲載するのが難しい。また、写真を写すのも人の顔を写せなくなった。

勝手に人の顔を写す自由はなくなった。ブログの上に掲載の自由がない。日記など他人の見ない囲いの中なら自由だが、それは不自由。ブログ世界の自由を自由に書く、この規範が共通に認識になるのを期待している。

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