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2007年4月 6日 (金)

赤ちゃんポストと安倍総理の見方

Img_5684 「赤ちゃんポストで子供を捨てる」のは、安倍総理は反対だと一貫して主張している。一応の理屈ではある。親が育てるべきだという。その通りであることは、誰も反対はできないだろう。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
赤ちゃんポスト(あかちゃんポスト)とは、諸事情のために育てることのできない新生児を親が匿名で養子に出すための容器、およびそのシステムの通称である。目的は、望まれない赤ちゃんを殺害と中絶から守ることにある。この仕組みは法的裏付けが十分でないにも拘らず、ドイツにおいて NPO 、キリスト教団体、病院により設置され、2005年現在80ヵ所を超えている。ハンブルクでは2000年の開設以来5ヵ年間に22人の赤ちゃんの命が救われた。日本ではこれまで実例はなかったが、熊本県熊本市の慈恵病院が設置を計画している。

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赤ちゃんを母親のもとで育てるのは当然の理であるが、止むに止まれず、育てられないという場合はないのか。それを別の理屈、道徳の観点とは別に緊急避難としてセーフティネットを作るべきではないか、と私は思う。

女子高校生が妊娠してトイレで分娩して放置して赤ちゃんが死んでしまった・・・という場合、赤ちゃんポストで救ったほうがいいだろう。この女子高校生に育てろというのだろうか。女子高校生には、再起のチャンスを与えるべきではないか。

道徳、倫理という点で、女子高校生の素行に文句をいえばいくらでもあるだろうが、赤ちゃんの命を救うのが先決だろう。その子が高校生に戻って、ちゃんと勉強するチャンスを得て、きちんと学習して、子どもを育てようと考えるときが来たら、子どもの母に戻れるではないか。

今全国に1年に27万件の中絶が行われていると聞いた。交通事故の27倍、自殺の9倍。参考:日本における統計、一年間交通事故死1万人、自殺者3万人

この生まれて来られなかった水子たちの像が鎌倉の長谷観音で見た。生みたかったがそれが経済的事情、環境的事情で生めないことは当然ある。その中絶時期を失して、生まれた子の命を奪うという自体に至ってしまったら、救うしかないじゃないか。

産みたくても産めない体になった女性は多い。政界の聖子さんも、子作りでうまくいかなくて、ついに夫だった鶴保参議院議員と別れたと聞くが、少子化対策ではなく、健全な出産という観点から、今後結婚も出産も多様化する。その対応としても育ち過程が不幸でないように今生きている人間がなんとか、考えてあげたい。

不幸を知らない、順調に大人になった人は、子を手放す切なさ、悲しさなしさ、これが実感として身に迫ってこないから、案外冷たい物言いができるようだ。

赤ちゃん受け入れは、赤ちゃんポストという機械的な響きがするシステムより、養父母、養子をもっと簡単にできるようにしたらどうだろう。犬でさえ家族として受け入れる家庭があるのだから、子供の受けけいれを希望する家庭、母親・父親を結婚相談所風に作りたいものだ。

ただ、今でさえ祝福されて生まれたはずの実子でもトラブルがあるものだから、養子との間にトラぶったらどうする。そんな先の心配もあるが、やはり、自分の子として接して、トラブルはトラブルとして、実子と同じ考えでいくしかないだろう。

そういう新しい社会になってく課程で、新しい子供の受け入れのできる大人が多くなったら、いいと思う。

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