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2007年4月 7日 (土)

小宮悦子の離婚はミツの味?

Komiyae01 小宮悦子といえば、女性キャスターのナンバーワン、久米さんのニュースステーションでサブをやって、認められた。彼女が話していると安心して見ていられる、そんな印象があって、安定していた。

若い旦那さんで、最近の女性の結婚事情では、まずトップを走っている。うまいことやった!そんな・・羨ましいと思っていた人もいる。それが、男が浮気?した途端に年上女房の女としてのプライドが俄然許さない。

一般紙には、小宮悦子の離婚は報じられていない。プライベートのことは一切発表しないのが、彼女の方針であるようだ。

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Komiya501komiya 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小宮悦子(こみや えつこ、1958年4月18日- )は、埼玉県入間市出身のテレビキャスター、元テレビ朝日アナウンサー。血液型はA型。左利き。ニックネームはえっちゃん。地元のJリーグの浦和レッドダイヤモンズとロベルト・バッジョのファン。

1983年に商社勤務の佐藤達郎と結婚。夫が標榜するDINKS(ダブル・インカム・ノー・キッズ=子供を持たない共稼ぎ)式結婚の理想カップルとして雑誌の取材にもよく登場したが、1989年1月7日に離婚。 1994年12月31日に10歳年下の当時『ニュースステーション』のディレクターだった河島正三郎と再婚したが、その後夫の不倫が発覚し2007年3月に離婚。

Komiyat02 その問題なら、「瀬戸の花嫁」のあの人、小柳るみ子がケンヤさんともめてもめて離婚になったのは記憶に新しい。男を自分のものにした経緯も、リアルに記憶している。箱根の温泉にバックダンサーだった彼をうまい口実で連れ出して・・・それで、彼女の主導で・・・結婚に至った。

結婚後も、ずーっとるみ姉さんの意向に従っていたが、何でも姉さん女房の意見に従うのが苦しくなった、と告白していた。路線から外れると、ビシッとくる、その関係が続いていた。これが全部姉さん女房のパターンとは言わないが、男のメンツをマルつぶし、これでは逃げ出すだろう。

Komiyat01 小宮さんとこは、浮気が原因ではないか、と書き立てられている。男は持てると浮気に走る、相場が決まっている。モテないよりモテル男の方がいいと女はいうが、そこは勝手な言い分。

がっちり自分の枠内にいないと満足しないのは、かつての男の考え方だった。今、女がその意識になっているかもしれない。がっちり枠に納めておくなんてことはムリ。夫婦なんて一箇所だけつながる輪と輪の関係がいいのよ。津川雅彦がNHKの番組で語っていた。そんなもんよ、相手を自由にさせてこそ、よさが出る。

小宮悦子さん、これでバツ2らしいね。仕事のできる女は結婚がムリかな。こんな才媛にはぜひ子育てをしてもらい、どんな子が育つか、見てみたい。優秀な子を育ててもらいたい。

そうして、ニュースに戻って報道をしてもらったら、きっと厚みのあるニュース報道になってくるに違いない。

Komiyaetsuko [小宮悦子] 小学校時代  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マンガが好きで上手だったので愛称は「マンガ王」。当時の担任岡本先生の話。「勉強はオールマイティー。それでいて優越感に浸ることもなかったですね。よく前に出て、自分の言葉でわからない子に説明したりもしてました。学級委員や児童会の役員なんかもしてよくクラスをまとめてくれていました。」『私と先生』と題した朝日新聞のインタビュー記事で彼女は語っている。「小学校5・6年のとき早くも人生の黄金時代を迎えてしまったんです。何の屈託もなくて、何もかも思い通りにいって…。そういう楽しい2年間だったんですよ」。
埼玉県の小学生読書感想文コンクールで銀賞、タイトルは「あしながおじさんを読んで」。

Komiyaetsuko03 [小宮悦子]  中学校時代  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
バスケットボール部に所属し生徒会の役員。
運動会にリレー選手として出場したがバトンミスで失格、悔し泣きをする。
本人いわく「ずる休みをするような子になっちゃいました」と語っているが、「前向きな姿勢で何ごとにも取り組む子で頭もよかった。生徒会の役員もやって、ほかの生徒と1ランク水をあけるだけの力を持っていました。何かの行事のときにでも彼女に任せておけば安心で、担任としては随分助けられました。」と中学時代の担任・K先生の証言。

[小宮悦子]  高校・大学時代  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
放送研究会に所属。高1の終わりから2年の初めまで急性肝炎にかかり入院、2ヶ月休学。
高2の時に浦和高校の男子生徒らと「スイッチ・オン」というバンドを結成、ボーカルを担当。荒井由実、かぐや姫、ハイ・ファイ・セットなどをレパートリーとし、高校の文化祭や地域の公民館などでコンサートを開いていた。尚、バンド仲間として後に結婚する佐藤達郎と出会っている。

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