« 圧縮・解凍 パソコン基礎知識 | トップページ | 国定教科書の変遷 »

2007年3月 2日 (金)

美しい国 命をかけた祖国

War011_1 この5名はレイテ島南東スリガオ海峡で戦死した。

安倍総理の著書美しい国への中に一人の特攻隊員の話が出てくる。知覧の飛行場から特攻出撃した青年鷲尾克己23歳の話である。

いかにして死を飾るか。 いかにして最も気高く美しく死ぬか。

読み始めたら、ここで木戸銭と思ってクリックしてね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ nozawa22ブログ順位がわかる

死を前にした瞬間、愛しい人のことを想いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである。>青年の心情を安倍総理代弁している。戦後生まれの世代に向かって問いかける。<たしかに自分のいのちは大切なものである。しかし、ときによってはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ。ということを考えたことがあるだろうか。

昭和18年(1943年)文科系学生の徴兵猶予が廃止されて、同年11月東京駒場の旧制一高で学徒兵119名が出陣する壮行会が行われた。文科一類の鷲尾克己さんが代表して挨拶をした。「迷いをいだいて戦場にいきます

鷲尾さんの同僚、仲間の一人大内千秋(83)さんが今も存命である。「アッツ島の守備隊が玉砕した昭和18年(43年)5月を過ぎた頃だった。先輩を寮に呼んで話を聞いた。ケタ違いの資源や技術力、生産力を持つ米国の国力の大きさを知った。私も、鷲尾も日本は負けると思った

遅くまで語り合い、国の針路を軍部に委ねた愚かさを嘆いた。ある日、寮の階段に腰をかけて鷲尾さんが語っていた。「こんな日本のために死んではいけない」

4ヵ月後、「美しく死ぬ必要はない」「美しく死ぬ必要もなし」心が揺れた。「冗談じゃね」「冗談じゃね」と鷲尾さんが殴り書きした日記がある。

友人の大内さんはいう。「鷲尾は生きたかったのです。個人の思いと死を命じる国家との間で最後まで苦しんだのです」悩み続けていた鷲尾さんにとって、安倍総理がいう「命をなげうっても守るべき価値」とは、何か、それが判然としなかった。

鷲尾さんと同じ日に、知覧から特攻攻撃に出た22歳の青年、上原良司さんがいる出撃直前に書いた遺書がある。「きけわだつみの声」に収録されている。「自由の勝利は明白な事だと思います」。出身地の長野県池田の小高い丘の上に碑となって建設された。

明日、自由主義者が一人この世から去っていきます。ただ願わくば、日本を偉大ならしめられん事国民の方々にお願いするのみです

War02_1石原慎太郎総合プロデュースの映画らしい。現実の特攻と比較すると、なんだか、軽い。こんな解釈でいいのだろうかと思う。

上原さんの妹登志江さん(76)は、「兄は帰郷した際、『靖国神社には行かないよ。天国に行くんだよ』と言っていた。」「特攻隊や兵隊を英雄にしてはいけない。国のためとはいえ、だれが進んで死に行くでしょうか」と、涙を浮かべて言う。秋川雅史歌う「千の風になって」を聞きたくなる

靖国神社に遺影や遺書が多数展示されている。その中に、上原さんや鷲尾さんの遺影が飾られている。(2/26朝日新聞「歴史と向き合う」を元にして書きました。ご了解ください)00008_14_20

   国定教科書の変遷 公明党の責任  松下政経塾出身青年  潮目が変わった千葉7区補選  内閣補佐官=側用人説  美しい国日本 という考え方  教育基本法と公明党君の立場  安倍晋三首相の健康 松岡農水大臣、がんばってるが  美しい国 命をかけた祖国

最後まで読んだついでにクリックにも協力してね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ

|

« 圧縮・解凍 パソコン基礎知識 | トップページ | 国定教科書の変遷 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 圧縮・解凍 パソコン基礎知識 | トップページ | 国定教科書の変遷 »