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2007年3月24日 (土)

人は何に感動するのか

Hitotoki324人は、何に感動するのか。孫の荒れた人生がこの定時制高校4年の生活を経て卒業するに当って、この高校で学んだ成果を語っている。

普通高校では得られないものがある。一般の人は、ぎすぎすした競争にさらされていると、「定時制?」とバカにして軽蔑したりする。中にはいると、分かり合えるものがあり、労わりあうのが人の情であると気づく。先生も、カリキュラムにガチガチに固められないで人と人の優しく接する。規則より生徒本意に目がいく。

競い合う雰囲気から温かい労わり定時制にあったのだろう。グレてどうしようもない生徒がみんな優しく助け合える人に変わっていく。それは一体なんだろう。

一度、競争関係から離れたことによるほっとしたものが漂っていたのだろう。川の流れにたとえると、急流本流とは違うくぼみ、よどみに来たとき、水の表情も穏やかになる。水が緩やかに流れる場所が定時制だったのだろう。

メンツや偏差値で学校の評価を決めている間には、そういう幸せには出会わないかもしれない。

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病院に併設される養護学校の雰囲気もそうだった。養護学校でウチの娘が喘息で一年お世話になった。そのときも、知らないから、養護学校は、刑務所みたいな寂しい思いをするから、たとえ喘息で苦しくても普通学校へ行く、と母娘とも偏見で見ていた。それを手続きに教育委員会に行くと、その担当の先生だろうね、年配の方が「普通校とちがう、いいところだよ」と穏やかな表情で教えてくれた。

確か、入ったときから、対応してくれる養護学校の先生が穏やかに、まあ時間が止まったようなゆったりと接する雰囲気があった。

生徒には、筋萎縮症(筋ジス)の子供もいるし、喘息の子もいる。重症と思っていた娘は、喘息発作を起こしながらもごく普通で、小教室で一年間学んだ。普通校では味わえない労わりや、優しさを学んだと思う。

私も、筋萎縮症の親と話す機会があった。そのとき「喘息はいいですね。退院することができるから」と言われて、私は何もいえなかった。このお父さんは、一生退院できない男の子と接しながら、二十歳前後で生涯を終えなければならない。中1の息子は、そのことを知っている。お父さんは、その彼を抱えた暮らしを続けるのか、と思ったら涙を禁じえなかった。

一年後に、私の娘は喘息の対処法を学んで、体力も回復して普通中学にもどって、中3を一年間すごした。普通の生徒と病気を戦う子供の両方に接することができて、充実して時期を過ごすことができたと思う。筋ジスの彼のことは知らないが、時々、誰々さんが亡くなったと、いう便りはある。00008_148

大きな忘れ物 他者への思いやり

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