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2007年3月19日 (月)

ドイツ国際平和村 ウルルンで知った

At_01 ドイツ国際平和村を知ったのは、TBSウルルン滞在記参照の番組からである。昨日も、東ちづるがゲストで、今までの記録VTRを見ながらの話であったが、毎回涙なしには見られない。意図的にプロデューサーが作っている面もあるだろうが、傷ついた子供たちの姿を見るにつけ、平和は与えられるのではなく、勝ち取らないと失われるものだと、痛感する。

日本の現実は、4チャンネルの“紳介の行列のできる法律相談所”は、京都のうまいものを紹介して、漬物、べらぼうに高いカツ弁当(6300円)、自分の店フルコースの店で食べさせると見せる番組が大手を振っている。お店に入ると「満員」と断らせ、紹介だけして、次のバーを回る。ここも自分がオーナーの店だ。大物歌手を待たせていたのは、その予定していた証拠だ。娯楽としては、面白い番組になっていたが、公共の電波を使って自分の店の住所などを出して宣伝しているのは、完全にこれはインサイダー取引に匹敵する。最近は、芸能界仲間で宣伝しあって、ずるい。公共電波の乱用だ。

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0804 このドイツの平和村は、デュッセルドルフから少し南に下った小さな町にある。女優東ちづるが日本で有名にした。よくやっている。日本からボランティアが既に、長期短期いれて70名を越す。専業で日本女性が事務を取って、日本関係に義捐金の担当をしていた。三菱銀行を窓口にして既に5億6000万円以上が入ってきているとか。毎月300万集まるが、それだけでは、不足して、この平和村は累積赤字が続いている。

こういう仕事は、お金、お金という現実問題が突きつけられて、甘い同情では続かない。信念の有無を問われてしまい、口先だけで同情していると、結局、何もできないで終わる。

<ドイツ国際平和村>
Photo08 第2次世界大戦以降、武器を使った紛争は世界中で190も起きており、その4分の3は 国内紛争だと言います。今日も世界のどこかで尊い命が危険にさらされているのです。紛争地域や危機に瀕した地域の子どもたちを支援するために設立されたのが、ドイツ北部、オーバーハウゼン市にあるドイツ国際平和村です。1967年に作られたドイツ国際平和村は、紛争などで傷つき、母国で治療することが困難な子どもたちや病気になった子ども たちを、ドイツに運び、治療し、母国に帰すという活動を行っています。手術後子供たちは、リハビリをしながら年齢や国籍の違う子供たちと一緒に平和村の施設で過ごします。平和村の運営は、そのほとんどが寄付金で賄われています。

Atw930139 女優・東ちづるさんが最初に平和村を訪れたのは、1999年6月。以来、番組を超えて平和村の子供たちとかかわり続ける東さん。今回のウルルンは、そんな東さんと平和村の子供たちとの8年間です。

ドイツの平和村へは、アンゴラやアフガニスタンなどの国内戦をしている国の子供が多い。80人で一杯だった村を今は建物を3階建ての棟で300人が収容されている。

Photo12 アフガンやアンゴラで手を失い、足を失った子が、親から切り離されて飛行機で連れて来られるのだから、意味も分からず、泣き叫ぶ子、食べ物を食わない子が集まってきて、数ヶ月から、数年いて、ある程度治ると、国に帰される。一緒に来て親しくなった同じ国の子でも、帰られない子は望郷の念で泣き落胆している姿を見ると、胸が張り裂ける。

今から8年くらい前、東ちづるが訪問したとき、彼女の笑顔、優しさに癒された。その別れに「将来、ないになりたい?」と聞いた。アフガンから来たスーといった少女は、「あなたになりたい」と答えた。いたく東ちづるは打たれたようだった。

D3690あなたになりたい」という言葉には、看病される側ではなく、癒す側の人になりたい、そういう意味である。それが、再訪して、彼女に会う場面があった。少女は18歳か20歳になっていた。大学生として勉強していた。顔立ちもしっかりして、政治学を学んでいると言っていた。

D3692スーの彼氏 多くの少女、少年、幼児は、地雷やクラスター爆弾を何も知らないで、おもちゃのように触って、爆発して手を失い、足を失い、目をなくしている。耳の聞こえなくなった子も多い。同時に保護してくれる母親を失っている子も多い。

この子たち一人ひとりには、怪我は一生ついて回る。それが失望にもつながり、死にもつながっている。しかし、ドイツで治療してくれたという印象は故国に帰っても熱く残っている。彼らが武器を取って戦うことがどういうことか、よくわかっているから、その教訓は宝として心に残るのではないか。何物にも代えがたい体験をドイツはやったことになる。

日本はODAに金を使うより、日本国際平和村を作ったらどうだろう。どこの国も、平和村を作って子供の治療をすることで、戦争の愚かさ、残虐さを知るチャンスにしたらどうだろう。

私のできることは、そういう提案を出すくらいだが、いい提案がある。ディズニーランドの隣りに「平和村」建設をして、その収益で経営したら、どうだろう。「楽しみ」と「悲しみ」をいつも隣り合わせにして、セットにする。民間で運営しても、消費税の0.1%程度を無条件で使えるようにする。その程度の平和への政府から支援が必要ではないか。寄付金が多いときは、政府援助は返還する、そういう制度を人間の知恵でできないか。その程度の進化を人間はしていないだろうか。広島か、長崎に作ろう。

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コメント

はじめまして。
色々、おべんきょうさせていただいています。ありがとうございます。
ディズニーランドの隣に日本平和村を作るのは、私だったらやれないなぁ。日本の親子連れのたくさんの方々が来られるわけでしょう?親に会いたくて会いたくて仕方のない平和村の子供たちにとって残酷なのでは?
ものめずらしそうに、見ていく見物人も出てきそうで・・。
一人で、想像して胸キュンになってしまいました。

でも、日本で平和村をつくること・・とってもいい考えだと思います。微力でも何か手伝えないか、そして、私たちはもっとここから学ばなくては・・と思います。

投稿: くろ | 2007年4月 4日 (水) 17時06分

あなたは、優しい心の人ですね。イジメられたり、差別されることを心配されているのですね。差別やイジメは許されるはずはありません。残念だけど、現実には差別やイジメが存在します。それをかばってやることも必要だし、そうさせない対策は必要です。わかっています。

しかし、傷を負っている人が自立していくには頼ってばかりではダメです。人の同情で生きている人は自立できません。自分の足で立つ人になる支援はしても、頼る人にしてはなりません。

もう一点は、一般の人の視点です。傷を負っている人も世界の仲間、地球上にいるという視点を持って欲しいのです。そのためには、楽しいディズニーランドという世界もあるが、多く戦争によって傷を負った子供たちが地球上にいるという現実、この二つが存在しているという点を早いうちに知るチャンスを作るべきなのです。

 特に戦争がなくなった平和日本では、戦争の現実を知る場があるべきなのです。そのためにはディズニーランドと隣り合わせに存在していると、一番いいのです。冷やかしや、物珍しがる人はいるでしょうが、それも現実です。イジメに立ち向かうだけの強さを当事者に持ってもらいたい。と同時に、私たちが傍観者、第三者にならない場でもあるのです。

あくまでも、ディズニーランド+平和村建設が同じ場所という理想は比喩であって、同じバランスをもって建設するべきものである、という主張です。ディズニーランドの収益がどのくらいあって、その収益が日本からアメリカに流れているか、それを考えると、日本はアメリカに支配されている現実がわかる。細かい数字のわかる方教えてください。

投稿: ぶんぶく茶釜のおじさん | 2007年4月 5日 (木) 17時44分

こんにちは、ドイツ国際平和村の検索で、このプログを拝見いたしました。私は、2年ほど前までドイツに住んでおり国際平和村に何度も、足を運びました。このような施設があること、そしてこのような子どもたちが苦しんでいることを伝えたいと思っています。しかし、今回ウルルン滞在記が放映されていたことを知らず見逃してしまいました。不躾なお願いですが、もし、よろしければダビングしていただくことはできないでしょうか?お礼はさせていただきます。お返事お待ちしております。   えんぬ   

投稿: えんぬ | 2007年7月 2日 (月) 06時17分

私はビデオに取っていませんので、どなたか、ウルルンをビデオに取っているかた、上記えんぬサンがこの番組をごらんになりたいと仰っています。ご連絡ください。

えんぬサン、TBSのウルルンへも問い合わせてください。

ぜひ「ドイツ国際平和村」を日本に広く認識してもらい、戦争の実態を多くの方に知らせる機会にしたいものです。せっかく戦争放棄を憲法に掲げている国ならば、「日本国際平和村」があっても不思議ではないです。

イラクへ自衛隊が出掛け、サマワ駐屯地を作って平和貢献する費用をそのまま、子どもの治療費に当てたら、どのくらいの人を治療できただろうか、そんなことを考えています。 

投稿: 野沢 | 2007年7月 2日 (月) 11時10分

こんばんは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
もしかしたら、ウルルン記事と関係ないかもしれませんが、
ルーマニアの子どもたちの笑顔もとりあげました。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

投稿: kemukemu | 2007年8月14日 (火) 22時27分

2007年11月
今年、最後のイベントです。
明日、10日から来月の25日まで、お台場、パレットタウンのトヨタの前にブースを借りて、ドイツ世界平和村を多くの人に知って頂く為のチャリティーイベントとして、大きなクリスマスツリーを飾り、 その周りに平和村の写真を飾る事にしました。

ドイツの世界平和村とは、戦争の巻き添えで怪我をしたり、手や足を失った子供達を救済する施設です。
アフガニスタン等では、今でも毎日、多くの子供達が手当てを受ける事が出来なくて亡くなっています。 もう少し、お金が有れば、多くの命を救う事が出来ます。

僕は仲間と共に、 少しでも役に立ちたくて、今回のイベントを立ち上げました。

投稿: 東ちづる | 2010年3月23日 (火) 11時26分

懐かしいですね~。
…ちづるさんのボランティア姿は数年経った今でも忘れる事が出来ません。
私は日韓のハーフですが、韓国の俳優さんはボランティアをされておられる方も多いですよ。
ちづるさんは韓国の俳優さんとは何処かのボランティアイベントで交流されるという事とかはないのでしょうか?

投稿: フィヒャン | 2010年12月25日 (土) 00時12分

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