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2007年2月28日 (水)

逸見政孝 スキルスガンに死す1993年

Itsumi 東京スポーツ     ほんわかとした面白みで、司会をさせたら、ピカイチだった。出場者に位負けをしなかった。タケシにも、タモリにも、サンマにも。今、そういう司会ができる人がいないから、イマイチ、視聴者には物足りない。

私の病名は、ガンです。戦ってきます」と言った場面をまだ覚えている。

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048mitsumi1_1 スキルスガンという名前もこのとき覚えた。あとから考えると、手術をしても、しなくても同じ寿命だったなら、・・・・。あの手術は一体なんだったか、そんな疑問も感じる。その点を突く記事もある。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用

逸見 政孝(いつみ まさたか、1945年2月16日 - 1993年12月25日)は日本の男性タレントで、元フジテレビアナウンサー・司会者。愛称はいっつみい。血液型はB型。大阪府大阪市阿倍野区出身。妻はエッセイストの逸見晴恵、長男は俳優の逸見太郎、長女はタレントの逸見愛。

20060727 フジテレビ在籍時代は主にニュースキャスターとして活躍。1988年3月31日付でフジテレビを退職してフリーとなり、テレビでのバラエティ番組の司会やラジオ番組のパーソナリティーなどを務めて人気を博した。1993年9月6日、極めて異例の「癌告白会見」を行い、社会に「中年男性の働き盛りにおけるガン」という問題提起をすることになったが、わずか3ヶ月半後の12月25日午後0時47分、癌性悪液質(スキルス)のため東京女子医科大学病院で死去した。まだ48歳の若さ、惜しまれる早世だった。

Imgbc1d1a518xp77w 特に『たけし・逸見の平成教育委員会』(フジテレビ系)は裏番組の『クイズダービー』(TBSテレビ)、『おぼっちゃまくん』(テレビ朝日)を終了へ追い込んだ。 タモリ・ビートたけし・明石家さんまのいわゆるBIG3を完璧に制御することのできた唯一の人物として、日本を代表する「名(迷)司会者」として語り継がれている。なお、逸見は著書の中で「『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』と『たけし・逸見の平成教育委員会』が自分にとって一番思い入れのある仕事」と述べている。また、BIG3との共演に関して、「あれ(=BIG3の仕切り役)だけは絶対誰にも譲らない」と語っていたそうである。また『夜も一生けんめい。』では音痴でありながらも精一杯に熱唱していた。また1992年秋に世田谷区に12億円(当時)の英国風の大豪邸を築きあげた。

同年9月6日午後3時、日本テレビ内で緊急記者会見を行ない、各局のワイドショーで生中継された。逸見は冒頭のコメントでこう述べている。

Itumi211 「こういう(生中継の)形でのこういう(内容の)記者会見は賛否あると思いますが、私が入院してから事務所を通じてのコメントを出しますと、真意が伝わらなかったり、あるいは誤解を生じてもいけませんので、私の口から伝えることによって、皆さんに集まっていただきました・・・まず初めに皆さんにお詫びしなければならないのですが・・・省略・・・前回退院した時に、大変申し訳なかったのですが、嘘の病名を発表いたしました・・・中略・・・本当のことを申し上げます私が今侵されている病気の名前、病名は・・・癌です

逸見はこの会見で、自ら進行性胃癌(スキルス・がんの中で最も性質の悪い病状)である事を初めて公の場で告白した。そこで同年1月からの経緯を克明に説明したうえで、これから3ヶ月間の癌闘病生活を送ることを述べた逸見は、記者に闘病に挑む心境を尋ねられ「・・・僕はやっぱり人間ができていないので恐ろしいです・・・」と吐露した。会見の最後の方では、「もう一度、いい形で生還できればいいなと思っています・・・どうもありがとうございました」と復帰に賭ける闘病への意気込みを語ると、記者からは「生還して下さい!」という声が飛び、記者会見終了後は、会場から逸見に対して「頑張ってください!」と拍手喝采となった。癌と闘う決意表明に多くの芸能タレントは感動していたが、中には明石家さんまをはじめとして、「逸見にとってこの記者会見が生涯最後の仕事になるのだろう」と悲観視する人も少なくなかった。

この記者会見の前数日は、食事のあと自室に閉じこもって、自分のことをテレビで語る言葉を考えていた。自分の生き様をいかに、視聴者に伝えるか、自分の義務と考えていた。アナウンサーの宿命でもあるが、自分を被写体にして語る姿勢が痛々しく、見えた。よく意図が伝わった。

ちょうど仕事も、乗りに乗っているさなか、多くの仲間がまだまだ元気であるのに、自分だけがという気持ちもあるだろう。子供もまだ二十歳になるか、ならないか、そんなうちに死んでなるものか、それが強いだろう。家も新築したばかりで数億のローンが残っていて、稼ぎ手の逸見が死ねば返せない。事実、このローンのため残された妻はだいぶ苦労した。

惜しまれて消えたから、未だにファンや視聴者に元気な印象を残している。悪い印象を持っている人は少ないという恵まれた人生である。多くの人に注目されたゆえに、若い頃のあまり好印象でない顔が晩年というか、最盛期卯の顔は好かれる顔になっている。落差が大きいと思っている。奥さんを追いかけて告白しているころの逸見は、奥さんにそぐわないくらい不細工で奥さんがきれいな人に見えるが、今では逆転している。人間って、地位と立場で変わるものだ。

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コメント

逸見政孝さん、大好きです、今でも。
遺影は新番組用に撮ったものだったそうです。

投稿: 澤木淳枝 | 2007年2月28日 (水) 16時47分

精一杯生きた。いつも100%以上の力一杯を仕事に打ち込んだ。短い生涯でも人の何倍もの充実感を味わっても尚生きる事への執着を持ち続けた人生 尊敬します。今私も病と闘って居ます。逸見さんには生きる力を貰い此れからも治る事を信じて生き抜いて生きたいと思って居ます。病を患い逸見さんを思い出しコメント書きたく為りました。逸見さん貴方は大勢の人に大きな力を与えて居ますよ。有難う。心からご冥福をお祈りいたします。

投稿: yamamoto hiroko | 2010年5月22日 (土) 00時13分

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